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円安によって多くの日本人は再び豊かになる 今の円安に対して過剰に反応してはいけない

円安で日本は貧しくなったと言われるが、筆者は円安のプラス面を説く(写真:ブルームバーグ

 

4月末~5月初旬に通貨当局(政府・日銀)が約10兆円規模の大規模な円買い介入を実施してから1カ月余が経過した。

ドル円は5月に入って一時1ドル=151円台まで円安修正が進んだものの、現在は1ドル=150円台半ばから後半で推移している。

 

1985年以来の円安水準となる1ドル=160円に近づく中での当局の対応をうけて、「円安が行きすぎている」という認識がさらに強まった。

「通貨安=日本衰退の象徴」との思いなどから、「円安が大きな問題なのだから、円安が止まらなければ、経済状況が悪くなる」との考えを抱く人が多いようである。

円安は対外的な価格競争力を強めている

だが、実際には、アメリカの金利上昇や金利の高止まり期待によって続いている円安は、「行きすぎている」とは言えないだろう。筆者は「円安は問題である」との議論に対して、強い違和感を覚えている。

 

2022年から円安に拍車がかかり、それが長引いていることは、日本経済の成長率を高めて2%インフレの定着をもたらす。大幅な通貨安は、完全雇用には至っていない日本経済にとっては望ましく、将来にわたって日本人の生活を豊かにする可能性が高いと考えている。

 

2024年の1ドル=150円台での推移は、IMF国際通貨基金)が算出するドル円購買力平価(1ドル=約90円)からみると、40%以上も割安である。

 

確かに輸入企業などからみれば円の購買力が40%目減りしているが、同時に、日本企業が供給する製品やサービスが40%以上割安であり、価格競争力が高まっていることになる。大幅な円安が日本の企業利益を過去最高水準に押し上げるだけではなく、日本企業の対外的な価格競争力を強めている。

 

現在、製造業では「中国離れ」もあって国内回帰が促され、サービス輸出である訪日外国人によるインバウンド需要も大きく増えている。企業の価格競争力の高まりは、製造業に加えて観光サービスなどの国内企業にも広がっており、こうした状況が数年続けば経済成長率を長期的に高めるだろう。

かつてアメリカの背中を追って経済成長していた40年前のような輝きを、日本経済が取り戻しても不思議ではない。

 

歴史を振り返ると、現在のように購買力平価対比で明らかに割安だった時期は1984年以来である。このときは1985年のプラザ合意前の1ドル=235円前後だったが、合意による円高を経て、1986年は1ドル=160円付近までに達する急激な円高が起きた。

 

日本の製造業はプラザ合意後に価格競争力を失い、多くの製造業は海外現地への直接投資に活路を見出した。

足元の円安進行に過剰反応をすべきではないワケ

そして、円高への対応として、当時の政府は、拡張的な財政金融政策を講じた。ただ、この政策が経済活動を不安定にして株式・土地市場の壮大なバブルをもたらす一因になった。

 

変動相場制のもとでは本来為替変動は避けられず、これを制御することはできない。国際金融のトリレンマが教える経済学の基本であるが、為替変動に配慮しすぎて金融政策運営に当時失敗したと位置付けられる。

 

現在のように、足元の円安進行に対して過剰に反応して、金融政策を引き締め方向に傾けることは、平成バブル期と同様、金融政策の判断ミスをもたらしかねないわけだ。

 

この意味で、円安進行を許容しつつ、日本銀行が2%の物価安定実現にむけて、腰を据えて政策運営を続けることが、日本経済にとって最善の策になる。

 

そして、日本銀行による適切な円安許容姿勢が続けば、日本経済は今後5年以上にわたり、高成長を享受できるだろう、と筆者は考えている。

 

1990年代半ばからの日本経済の長期停滞期の経緯を、われわれは思い出すべきである。当時は日本だけがデフレに苦しんでいたわけだが、現在はこの流れが逆回転していると言えるからだ。

 

長期デフレが始まったきっかけは、1995年に1ドル=79円台まで急速に円高が進むなど、「苛烈な通貨高」が起きたことが大きかった。1995年時には、購買力平価と比べると実に2倍に近い超円高であり、必然的に多くの日本企業が価格競争力を失った。

 

ドル安円高がデフレ期待を高めたことで、その後のデフレと経済停滞を招く中で、マクロ安定化政策の失政が続いた。その結果、通貨円の価値が恒常的に割高な状況、デフレと経済停滞の負の構造が長期化する状況が2012年まで続くことになる。これが、「日本経済の失われた20年」の本質である。

日銀が引き締め政策に転じる可能性は低い 

デフレと通貨高がもたらす低成長均衡から抜け出すために、第2次安倍政権誕生とともに、2013年からの日本銀行による金融緩和が講じられたことをきっかけに、デフレと行きすぎた通貨高が解消され、日本経済はようやく成長軌道に戻りつつある。

 

失われた20年も含めた過去30年の日本の教訓を踏まえると、金融緩和によって円安が長期化していることはある意味当然だ。

①長期の円安は脱デフレを伴う経済正常化にとって必要なプロセスであり、

②円安の定着によって1980年代のように日本が他の先進国よりも経済環境がよくなる、ということである。

 

円安進行は円の購買力低下を招くが、経済正常化の最後の後押しとなり、日本企業の価格競争力を復活させ、長期的に経済成長を高める。そして、1995年までの大幅な円高とデフレのダメージで、日本人が貧しくなったことと反対に、大幅な円安が続けば、今後多くの日本人の生活水準を高めることになる。

 

こうした話をすると、「円安によって日本人が貧しくなる」という反論を受ける。だがこうした議論は、表面的な事象を強調しているだけだと筆者は考えている。

 

「円安による物価高で年金生活者が貧しくなる」という批判があるが、年金給付水準は物価上昇率に連動しているのだから、そもそも事実ではない。

 

また「海外で稼いだ企業が現地で投資を増やして、それが国内に還流しないのだから日本人は豊かにならない」との意見もある。企業のお金の使い方は個々の企業の戦略であり、理想の姿はないわけで、こうした議論に意味はない。

 

ただ、円安が続けば日本国内で工場を建てるインセンティブは強まるのだから、円安で日本の経済成長率が高まることは変わらない。

 

さらにいわゆるデジタル赤字が増えていることが問題とする論者もいる。最近の円安とデジタル赤字の因果関係は不確かであり、筆者はほとんど関心を持っていない。

 

ただ「貿易赤字=悪い」というのは妥当ではない議論であり、こうした赤字によって日本人が貧しくなっているという認識があるとすれば、それは妥当ではないと筆者は考えている。

 

金融引き締めを慎重に進めて円安を長引かせる政策運営を、植田和男総裁率いる日銀は続けたほうがよい。6月13~14日の金融政策決定会合で、日本銀行国債購入の減額方針を次回7月会合(30~31日)以降明らかにすることを表明した。

 

これは事実上の量的引き締め政策開始を意味するが、引き締め政策を日本銀行は慎重に進めるのではないか。

 

かつて「デフレの番人」と国内外から批判された日本銀行が、時期尚早な引き締め政策に転じる可能性は低いだろう、と筆者は考えている。

(本稿で示された内容や意見は筆者個人によるもので、所属する機関の見解を示すものではありません)

 

 

村上 尚己 エコノミスト