【著者インタビュー】林望さん/『結局、人生最後に残る趣味は何か』/草思社/1870円
【本の内容】
趣味がなくて、と嘆く人や趣味を見つけたいと願う人。
はたまた趣味なんて要らないと嘯く人。
そんな人の、格好の手引書となる一冊。全5章立ての章タイトルからして興味津々。
「人生にはなぜ、趣味が必要なのか」「これから始めたい人、もっと究めたい人へのアドバイス」「上達なくして楽しみなし!」「趣味を究めた人だけがたどりつく場所」「結局、人生最後に残る趣味は何か」。
≪あとは、さあ、実践あるのみです。
おたがいがんばりましょう≫。リンボウ先生の励ましの声を背に受け、あとは趣味に邁進しましょう!
「上手な素人」よりも「下手な玄人」になりたい
大ベストセラー『イギリスはおいしい』の著者は、手製のスコン(スコーンではない)と紅茶を用意して私たちを迎えてくださった。料理はリンボウ先生の趣味の一つで、趣味の域を超え、日々の家事だそう。
詩、絵、俳句、短歌、能楽、声楽、写真、古書蒐集、旅、車の運転、料理、散歩……。多彩な趣味についての新著は、「趣味は余暇に楽しむもの」といった常識を軽々吹き飛ばす。
「余暇って『余りの暇』と書くでしょ? そういうのは暇人の言うことです。僕は全然暇がないんですよ。第一、暇ができたらやろうなんて思ってたら、一生何もできません。暇がないなかでやることが大事なんで、大切な時間をやりくりしてやるからいい加減な気持ちでやっていたんじゃもったいない、っていう論法です」
趣味に対しても真面目すぎるぐらい真面目なのである。
「趣味は真面目に取り組まなければというのが私の信念なので。妻は、もうちょっといい加減にやったらどうだと言うんですけどね。いや、そうはいかないと言って、つい行きすぎちゃう。だって、どんなことでも相当、真剣にやらないと、面白味は見えてこないじゃないですか」
「上手な素人」ではなく、「下手な玄人」になりたい、というからただごとではない。
「どうせ素人芸なんだから」という甘えを禁じて、能楽や声楽といった複数のジャンルでその目標を達成している。
趣味運というものがあるとするなら、リンボウ先生はものすごく趣味運がいい。
専門の国文学と関連が深い能楽がやりたいと思っていたら、大学院生のときに引っ越した先が能楽師の自宅兼仕事場の前で、路上で見かけて挨拶して入門がかなった。
『イギリスはおいしい』がベストセラーになって、43歳のときに東京藝術大学音楽学部に助教授として招かれたことで、一流の専門家である声楽科の先生たちの指導を受けられることになり、プロにまじって声楽家デビューを果たす。
もちろん生まれ持った声がよかったことや、音楽が好きで古書だけでなく古楽譜も蒐集していたことなどの素地があったとしても、始めてから自分が納得する水準に到達するまでのスピードと集中具合がすごい。
時間を大切に使う、ということは、何に時間を使わないかということでもある。
リンボウ先生は、自分にとって何が必要で何が必要でないかを日ごろから峻別している。
「儀式とか飲み会とか会議というものは無意味だからいっさい行かない。なんとか学会とか文壇とか詩壇とかのなんとか壇にも、いっさいかかわらないです」
自分の「源氏物語」を書きたいという思いで定年まで20年近くを残して50歳で東京藝大を退職したとき、同僚が歓送会を企画してくれたが、「それは結構ですね。
僕は欠席します」と答えたというから徹底している。
小学2、3年生のころの、遠足で撮られた写真が残っていて、楽しそうに並んでいる友だちの列から1人離れて座るリンボウ少年は実に苦々しい顔をしているそうだ。
「三つ子の魂百まで。小さいころからこういう感じだったのかと、自分でもおかしかったですね。
遠足なんてちっとも楽しみじゃなかった。
昔から、好き嫌いが激しすぎると言われていて、それでも学校でも社会でもいじめられることがなかったのは幸いでした。
とにかく、いつも一匹狼みたいな感じでしたね」
酒を飲まないリンボウ先生は、飲み屋というものが嫌いで、ラグビー部の同期会もほぼ欠席している。
何とか出席させようと午後3時から喫茶店での同期会が開かれたことがあって、そのときは出席したが、二次会で飲み屋に流れるとなるとやはりすぐ帰ったそうだ。
誰の真似もしないってこと大事だと思う
学生時代の友人とのつきあいはほとんどないが、趣味の声楽を通じて無二の親友ができた。
金沢在住の外科のお医者さんで、2人で「デュオ・ドットラーレ」という男性二重唱ユニットを結成。
金沢と東京で交互にコンサートを開催し、歌を披露している。
長野県の林家の別荘のそばに彼も別荘を買い、歌の練習をしたり、家族ぐるみで食事を楽しんだりしているそうだ。
「不思議ですね。60歳を過ぎてこんなにいい友だちができるなんて。
人っていうのはやっぱりご縁ですね。
みんなに尊敬され愛されているすばらしいお医者さんなんですが、ちっとも偉ぶったところがなくて、会うと百年の知己のように楽しく話をします」
そんな友だちができるなんて、趣味というのはいいものだと感じるエピソードだが、「趣味で友だちを作ろうなんて考えないでください」とくぎを刺す。
「そのために趣味を始めるようなことではだめです。あくまで、声楽をやりたい、俳句をやりたいからやる。
友だちができるというのは偶然で、結果論ですからね」
趣味には先生について教わったほうがいいもの、自己流で始めたほうがいいものがあると、自分の経験から説く。
リンボウ先生によれば、音楽は基礎をきちんと教わったほうがよいが、書道や絵は、必ずしも教室に行かなくても始めてみればいいという。
「お手本なんて見ないで、描きたい対象にその場で肉薄しなければ、ただ上手にお手本を写したというもの以上にはならないわけです。
誰かの真似をしている限りは、一回り小粒な誰かになる程度で、誰の真似もしないっていうことが大事だと思いますね」
意外なのは俳句だ。教室や結社に参加する人が多いが、リンボウ先生は最低限のルールだけ覚えて、いきなり自分で始めることを勧める。
何か学ぶとすれば、芭蕉をはじめとする「古人」の作品を読むのがよいそう。
14年ほど続く、主宰の夕星俳座という句会でも、「俳句は誰かに教わるものではない」と話している。
句会の司会はするが、選句では主宰も一参加者としてのぞむ。
ちなみに句会のあとで食事をしたり酒を飲んだりすることは一切せず、俳句について存分に話し合ったらその場で解散するらしい。
同人から集まった句を編集するのも、リンボウ先生みずからパソコンを駆使して、簡易出版で合同句集も出している。
能楽や声楽、絵など、いろんな趣味が仕事と結びついてきた。ちなみに今回の本の装画もみずから手がけている。
趣味は仕事と分かちがたく結びつき、ほとんど人生そのものと言えそうだ。
【プロフィール】
林望(はやし・のぞむ)/1949年東京生まれ。作家・国文学者。慶應義塾大学文学部卒、同大学院博士課程満期退学(国文学専攻)。東横学園短大助教授、ケンブリッジ大学客員教授、東京藝術大学助教授等を歴任。エッセイ『イギリスはおいしい』で1991年日本エッセイスト・クラブ賞を受賞し、作家デビュー。『ケンブリッジ大学所蔵和漢古書総合目録』(P・コーニツキと共著)で1992年国際交流奨励賞、『林望のイギリス観察辞典』で1993年講談社エッセイ賞を受賞。学術論文、エッセイ、小説のほか、歌曲の詩作、能作・能評論、自動車、古典文学等著書多数。『謹訳 源氏物語』全10巻で2013年毎日出版文化賞特別賞受賞。
取材・構成/佐久間文子
※女性セブン2024年12月12日号