どんなに仲睦まじい夫婦でも、いつか死別する日が来る。
その事実から目を背け続けていると、いざ配偶者に先立たれた時、押し寄せる数多の難題に対処できない。
ひとりになったらどう生きるか、今のうちに夫婦で話し合い、準備を始めなければならない。
弱っていく妻に「通帳はどこ?」などとは聞けず…
夫婦のどちらかはいずれ先に亡くなる。何も準備をせずその時を迎えると、残された者は様々な苦労を強いられる。
2008年に妻の恵子さんを食道がんで亡くした評論家の川本三郎氏(79)が振り返る。
「深い精神的なダメージとともに、実生活上の不便が大きかった。
弱っていく家内に『預金通帳はどこ?』などとは聞けません。
銀行からの手紙で、初めて取引銀行を知るといったことが半年ほど続きました。
亡くしてからは妻の預金通帳を私の名義に変更するための手続きなど、一時は雑事に追われました。
ある程度の年齢になったら元気なうちにお互いに今後について話し合っておいたほうがいいと思います」
今でも「妻が作ったきんぴらごぼうや麻婆豆腐の味が恋しい」と話す川本氏は、親しい編集者など周囲に助けられながら料理や洗濯、掃除といった家事を覚えていったという。
まったくの想定外
「離れて住む子供はあてにできないし、子供に迷惑をかけたくないという人が多い。
しかし、いざひとりになると経済面や病気、介護、葬儀、相続などあらゆる問題がのしかかってきます。
夫婦が元気なうちに、どちらかがひとりになっても困らないように手続きを進めておかなければなりません」
別表にまとめたように、ひとりに備える手続きは多岐にわたる。
なかでも優先順位が高いのが「お金」の管理だ。
2004年に妻に先立たれたジャーナリストの田原総一朗氏(90)が当時を振り返る。
「僕は家計と仕事の管理などは女房に任せていたから、先に亡くなった時はどうしようかと思った。僕ひとりだけだったら、困ったでしょうね。
幸いにも仕事は次女が把握していたから、今は次女と三女が支えてくれて不自由はない。
ただ、同志の女房がいなくなったことが一番悲しいです」
田原氏のように頼りになる子供が近くにいない場合、家計の切り盛りや身の回りのことを任せていた配偶者が死去したら、途方に暮れるケースは少なくない。
「まずは夫婦でどれだけの財産があるか把握し、通帳などの場所を決めておくことが大切です。
将来、財産管理が難しくなった時に備えて、配偶者が預金を下ろせるように代理人カードを作っておくのも選択肢のひとつです」(明石氏)
家事代行サービスの選び方
ひとりになると生活も一変する。とりわけ料理や掃除などの家事を担っていた配偶者が亡くなった場合、生活そのものが行き詰まる。
12年に及ぶ治療の末、2012年に妻の佳江さんを乳がんで亡くしたコント赤信号の小宮孝泰氏(68)は、「誰もが“ひとり身予備軍”なので、もしもの時の準備が大切」だと力説する。
「結婚してから料理や掃除などを少しずつ学んできて、妻が病気になってからは僕が作った料理を食べてもらっていました。
家事やお金の管理など、全部を妻任せにせず、ある程度自分のことは自分でできるように努力してきたので、なんとか生活できています。
今では妻が読んでいた料理本や、メモとして残してくれたレシピから料理を再現することが、悲しみを和らげてくれています」
自炊はハードルが高いというなら、後述する配食・家事代行サービスなどに頼るという方法もあるだろう。
健康管理も配偶者任せにできない。なかでも注意したいのが、認知症への備えだ。
「認知症を発症すると、銀行口座の凍結や高齢者施設への入居手続きの制限、遺言書作成ができないなど様々な制限が加わります。今のうちに対策を考えておくべきです。
心配があるのなら早めに専門家や地域包括支援センター、社会福祉協議会などに相談しておくこともひとつの手です。
財産の対策のほか、要支援・要介護認定や、徘徊や孤独死に備えてのGPSの貸し出しサービス、見守りサービスの紹介などの相談ができます」(明石氏)
認知症に備えた制度も助けになる。
「元気なうちに、将来認知症になった時に備え、財産管理や各種手続きを行なってくれる人と任意後見契約を結んでおくと安心です」(同前)
判断力を失ってからでは見ず知らずの専門家が選任されやすい「法定後見制度」を使うことになるので、「早めに検討したい制度です」と明石氏は言う。
※週刊ポスト2024年6月28日・7月5日号