安倍晋三・元首相が銃撃されて死亡した事件は、組織に属さない人物による「ローンウルフ(一匹狼(おおかみ))型」の事件を防ぐ難しさを改めて浮き彫りにした。背景には社会的な孤立もあり、専門家は警察と行政が連携して対応を強化する必要性を指摘している。
■「ひそかに武器製造」
「これほどまで周到に準備していたとは」。警察幹部は驚きを隠さなかった。
複数の手製銃、自ら作った火薬、工具類……。
山上徹也容疑者(41)の自宅から見つかった押収品だ。
6畳のワンルームで、誰にも気づかれずに黙々と凶器を作り続けていた。
捜査関係者によると、山上容疑者は母親が入信した宗教団体「世界平和統一家庭連合(旧統一教会)」を恨み、つながりがあると思った安倍氏の殺害を計画。
ネットで買った肥料などを調合して火薬を作り、動画投稿サイト「ユーチューブ」で製造法を調べて手製の銃を作り上げていた。
元海上自衛官で、過激派や右翼団体などへの所属は確認されていない。警察にとって「完全にノーマーク」(警察幹部)の人物だった。
「個人がひそかに武器を製造し、人知れずある日突然犯行に及ぶ。典型的なローンウルフ型だ」。テロ対策に詳しい公共政策調査会の板橋功・研究センター長(62)はそう話す。
■官邸ドローン
警察は従来、過激派などを監視することで、政治家や重要施設などを狙うテロを阻止してきた。選挙期間中であれば、過激派メンバーらの顔を知る「面割り捜査員」を演説会場に配置し、警戒に当たってきた。
だが近年、組織に属さないローンウルフ型の容疑者が目立ち、兆候をつかむのが難しくなっている。
「ゲリラ戦 とりあえず1人で活動……ローンウルフだ」
2015年4月に放射性物質を積んだドローンを首相官邸の屋上に落下させた男(威力業務妨害罪などで有罪)は、ブログにそうつづっていた。男は「反原発」に傾倒していたが、市民グループなどに所属せず、デモへの参加も確認されていなかった。
男は事件発覚2日後に自ら警察に出頭した。捜査に関わった警視庁幹部は「出頭まで男の存在を全く把握できなかった。ローンウルフ対策を強化する必要性を痛感した」と明かす。
■行政と連携必要
警察が近年、力を注ぐ対策は主に二つだ。
一つは爆発物対策で、00年代から、材料となり得る薬品の販売業者に対し、不審な購入について通報するよう求めてきた。15年には火薬を取り出せる花火についても、不審な購入者らの情報を提供するようネット通販大手に要請した。
もう一つは、SNS対策だ。警察庁は16年、テロにつながる書き込みなどを自動的に収集する「インターネット・オシントセンター」を設置し、捜査に生かしている。銃の作り方などを掲載するサイトについても削除要請を行っている。
だが、民間業者への要請などに強制力はなく、対策には限界がある。仕事を辞め、一人きりで襲撃計画を練っていたとされる山上容疑者の行動にも気づくことはできなかった。
治安対策に詳しい東京都立大の星周一郎教授(52)(刑事法)は「警察による対策強化は必要だが、それだけでは不十分だ。例えば、社会への不満や孤立を訴えるSNSの投稿に対して行政が直接支援のアプローチをするなど、背景にある孤立対策に本腰を入れる必要がある」と話している。
■移民が疎外感 テロリストに…海外で問題化
ローンウルフは元々、ネットの情報などで人知れず過激派思想に染まり、単独や少人数で事件を起こすテロリストを指す。イスラム過激派組織「イスラム国」がSNSを通じて若者らにテロを呼びかけた影響もあり、2010年代に各国で事件が多発した。
特に問題となったのが、移民先で疎外感を深めた人物が、ローンウルフになるケースだ。13年に米ボストンマラソンが狙われた事件では、移民の兄弟が爆弾を仕掛け、3人が死亡、260人以上が負傷した。
各国の情報機関も予兆をつかめず、治安の脅威になっている。17年に英ロンドンで車を暴走させるなどして警察官らを殺傷した男も、人知れずイスラム過激主義に傾倒していた。