道草の記録

株主優待・ふるさと納税の返礼品・時々パチンコ

医師の高齢化に伴う引退で「診療所ゼロ」市町村が激増へ たとえ過疎地域の医師不足解消に取り組んでも問題解決とはならない事情

「診療所ゼロ」の自治体が増加すると、地域医療はどうなってしまうのか(写真:イメージマート)

「診療所ゼロ」の自治体が増加すると、地域医療はどうなってしまうのか(写真:イメージマート)

 厚生労働省の推計によれば、2040年に「診療所ゼロ」の自治体が342市町村となり、2022年の77市町村から4.4倍に増加する見通しだという。

 

今ある診療所の医師が75歳で引退し承継も新規開業もないと仮定した上での推計ではあるが、“町のお医者さん”が1つもない自治体が続々と出てきたら地域医療はどうなってしまうのか──。

 

 日本が抱える重大課題に斬り込んだ新書『縮んで勝つ 人口減少日本の活路』が話題のジャーナリスト・河合雅司氏が解説する【前後編の後編】

 

 * * *
 診療所がなくなり、医療へのアクセスが困難になったことをきっかけとして人口が流出することになれば、生活に必要な商品やサービスを提供する事業者の撤退も進むこととなる。

 

どの業種も事業が成り立ち得るために最低限必要な消費者数というものがあり、それを下回れば事業を続けたくとも続けられなくなるためだ。

 

 とりわけ影響が大きいのが公共交通機関の縮小・廃止である。“交通弱者”たる高齢者にとっては遠方の医療機関に通うことすら難しくなるため、まさに死活問題である。

 

過疎化が進行する自治体は少なくなく、こうした事情は今回の推計で「診療所ゼロ」自治体に該当しなかった市町村でも大きく変わらない。

85歳以上の需要は62%増! 訪問診療患者はますます増加する(グラフ出所/厚生労働省「新たな地域医療構想等に関する検討会」資料)

85歳以上の需要は62%増! 訪問診療患者はますます増加する(グラフ出所/厚生労働省「新たな地域医療構想等に関する検討会」資料)

 他方、小さな自治体のこうした暮らしの不便さが、医師を不在にするもう1つの理由となっている点も見逃してはならない。医師にも生活者としての立場があるためだ。

給与を上げても診療所が増えるとは限らない

 就業するにあたっては、医師もまた、子育てや親の介護といったことを当然考える。自分の家族の将来を念頭において、勤務地を都市部に求める医師は少なくない。厚労省の推計以上に「診療所ゼロ」自治体が広がることも想定されよう。

 

 医師不足は診療科の偏在も同時に促すため、医師数の少なさ以上に医療アクセスの不便さは広がっている。

このため、医師不足が深刻化している市町村から厚労省に対して対策を求める声は大きい。

 

 こうした状況に、厚労省は医師偏在対策に乗り出してはいるが、「営業の自由」があるため強制力をもって医師を不足地域に配置することは現状では難しい。

 

 代わりに、不足地域を指定して医師の給与を増やすための支援金を新設する考えだ。一方、過度に医師が集中する地区には新規開業に際して要件を課し、抑制を図ることも検討している。

 

 だが、開業を規制する政策案に対しては医師側の反発が大きい。不足地域で働く医師の給与を増やすといっても、財源確保のハードルが残っている。しかも、給与を上げたからといって、診療所の開業が増えるとは限らない。

 

「診療所ゼロ」自治体拡大の背景に“患者不足”という経営問題がある以上、こうした政策には限界があるだろう。

 

 

問題解決には厚労省の政策だけでは間に合わない

 仮に、医師の地方誘導に成功して過疎地域の医師不足が解消できたとしても、それだけで問題が解決するわけではない。

先述したように、生活に不可欠な商品やサービスを提供する他の民間事業者がいなくなってしまったのでは、そもそも暮らしそのものが成り立たないからだ。

 

このことは、医師不足対策として期待のかかる「オンライン診療」の限界も示している。医療の存続の前に「暮らしの存続」が問われているのである。

 

 言い換えるならば、地域偏在が必然的に進む人口減少社会においては、医療機関のみならず、さまざまな事業が成り立つだけの地域商圏の規模が不可欠ということである。

 

これを逆説的に捉えると、社会基盤の中で最も重要な存在の1つである医療の届きづらい地域が広がってきた現実は、各地域で人々が集まり住むことによる商圏規模の維持を突き付けているということだ。

 

 人口減少社会における地域経営では、限られた社会資源を少ない人手で切り盛りしなければならない。それには人々が集住し効率的かつ効果的な社会を築くことが最も有効な方策なのである。

 医師偏在を解消し「診療所ゼロ」自治体の拡大を防ぐには、厚労省の政策だけでは間に合わない。地域の在り方そのものを見直していく取り組みが問われている。

 

 

【プロフィール】
河合雅司(かわい・まさし)/1963年、名古屋市生まれの作家・ジャーナリスト。人口減少対策総合研究所理事長、高知大学客員教授大正大学客員教授産経新聞社客員論説委員のほか、厚生労働省人事院など政府の有識者会議委員も務める。中央大学卒業。ベストセラー『未来の年表』シリーズ(講談社現代新書)など著書多数。話題の新書『縮んで勝つ 人口減少日本の活路』(小学館新書)では、「今後100年で日本人人口が8割減少する」という“不都合な現実”を指摘した上で、人口減少を前提とした社会への作り替えを提言している。