肥満を原因とする糖尿病の根本治療として、「減量手術」という選択肢がある。具体的にはどのような手術になるのか──。
シリーズ「名医が教える生活習慣病対策」、腹腔鏡による術式を日本に初めて導入した四谷メディカルキューブ減量・糖尿病外科センターの笠間和典センター長に話を聞いた。
【肥満が原因の糖尿病の手術治療・後編】
保険適用となった日本初の減量手術
2014年、「腹腔鏡下スリーブ状胃切除術」が減量・代謝改善手術として保険適用となりました。
対象となるのは「BMI35以上の高度肥満」で、「糖尿病」「高血圧症」「脂質異常症」「閉塞性睡眠時無呼吸症候群」「非アルコール性脂肪肝疾患」のうち1つ以上合併しているか、もしくは、「BMI32~34.9」で前述の疾患を2つ以上合併している人となっています(HbA1c8%以上)。また、手術の前に6か月以上、内科的治療を受けている必要があります。
「腹腔鏡下スリーブ状胃切除術」は、2005年に私が日本で初めて導入した術式で、腹腔鏡を用いて胃を縦長に細くなるように切除する手術です。
胃袋の膨らんでいる部分を切除して、細長いバナナのような形状にすることで、胃の容積が小さくなり、少量の食事で満腹になります。
通常の胃は最大限膨張すると2000ccまで膨らむといわれますが、この手術によって最大膨張しても60~100ccと、容量がかなり小さくなります。
同時に、この手術はグレリンというホルモンの分泌を抑制します。グレリンは食欲を引き起こすホルモンで、分泌されると空腹を感じて「食べたい」という欲求が起こります。
胃袋の大きく膨らむ部分にはグレリンを分泌する箇所が多いため、切除することでグレリン分泌を抑えることに繋がるのです。
術後の体重減少は約3割(100kgの人で30kg程度)が見込まれ、体重減少に伴い糖尿病の改善が期待できます。
糖尿病治療にインスリン補助を採用していない早期の糖尿病患者の場合、薬を服用しなくても糖尿病の値が正常範囲になる寛解の状態まで改善する症例も数多くあります。
もう1つの減量手術「腹腔鏡下スリーブ・バイパス術」は、2007年に私が術式を開発し、2018年に先進医療となり、2024年にようやく保険適用となりました。開発から保険適応まで、実に17年の歳月がかかったわけです。
この治療は欧米で一般的な胃バイパス術と同様に、食物が十二指腸を通らないように迂回するのが特徴です。まず胃をスリーブ状切除で細くし、十二指腸を切り離して小腸に繋ぐため、十二指腸と小腸の一部をバイパスしている状態になります。
胃バイパス術と異なり、残った胃の内視鏡検査も可能です。
腹腔鏡下スリーブ・バイパス術は、糖尿病に対し高い効果を発揮します。
手術によって十二指腸を食物が通らなくなることで、様々なホルモン分泌に影響を与えることがわかっています。
詳細なメカニズムについては研究中ですが、現在、以下の効果が判明しています。
【1】消化管ホルモンGLP-1の分泌が増加する
【2】胆汁酸が短いサイクルで取り込まれるため、胆汁酸の血中濃度が増加する
【3】腸内細菌のバランスが整う
【4】迷走神経のバランスが整うことによりインスリン分泌が増加し、インスリン抵抗性も減少、糖尿病が改善する
腹腔鏡による手術のため、傷の大きさは最大で1.5センチほどで、開腹手術に比べて身体への負担はかなり少ないです。
入院も腹腔鏡下スリーブ状胃切除術で3泊4日、腹腔鏡下スリーブ・バイパス術で4泊5日と短かく、術後の合併症は嘔吐や貧血、胸やけ、縫合不全など、少数報告されている程度です。
なお、BMI50を超える高度肥満の場合は十分な体重減少効果がみられないこともあり、腹腔鏡を用いないスリーブ・バイパス術が推奨されます。
減量手術を受けると体重は減少しますが、時間が経つにしたがって徐々に食べられるようになります。高度肥満の方は、「食欲がなくても、何となく食べてしまう」「ストレスがかかると食べてしまう」という「心理的食習慣」を持つ場合が多いので、術後のケアが重要になります。
食生活改善や生活習慣指導、心理的対策をしっかりしないと、せっかく減量手術をしてもリバウンドの可能性があるからです。
減量手術はサポート体制の整った医療機関で
減量手術を受ける時は、外科医に加えて内科医、看護師、管理栄養士、臨床心理士などのサポート体制の整った医療機関を選ぶ必要があります。とくに重要なのが「栄養指導」です。術前から食事指導を受けることで、リバウンドなどを防ぐことができます。
同時に精神的サポートも大切で、私のクリニックでは「患者会」がその役割を担っています。患者がお互いに情報を提供しながら治療を続ける体制は、術後の治療効果に大きく関わってきます。
日本肥満症治療学会は、欧米の基準を元に日本肥満症治療学会認定機関の基準を定め、合格した医療機関を認定しています。糖尿病治療に伴う高度肥満の減量手術を受ける場合は、認定機関であるかどうかを確認することも重要です。
【プロフィール】
笠間和典(かさま・かずのり)/1990年群馬大学医学部卒業。大阪大学特殊救急部、亀田総合病院外科医長などを経て、現職。2002年、日本初の腹腔鏡下胃バイパス術による減量手術を施行。日本における減量手術の第一人者として世界中で公開手術を行なう。
国際代謝外科連盟アジア太平洋部会理事長を務めるなど、国際的な評価も高い。
取材・文/岩城レイ子