SNSが当たり前の世代にとって、物事を調べるときは通常のネット検索ではなくSNSでの口コミ検索をまず行うという。なかでも飲食店情報は、地域の素朴な店だったのが口コミによって行列が出来る人気店へと変貌することがあるほど、参照する人が多い。だが、グルメサイトやSNSで広められると、日常の飲食ではなく、観光の一部として来店する客が増えることは、その店の存亡に関わる影響を及ぼすという。ライターの宮添優氏が、口コミで客が増えて大喜び、とはいかない街の飲食店についてレポートする。
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食事をしたいとき、みんなで宴会をしたいとき、スマホで調べてレストランや居酒屋をその場で予約することは、今や常識となった。特に、ネット上の「グルメサイト」には、これまで雑誌やテレビでもほとんど紹介されたことがなかった隠れた名店の情報がユーザーによって投稿されるなど、もはや利用者にとってはなくてはならないサービスとなっている。
これまで表に出てこなかった名店が「発掘」されれば、客にとってはもちろん、店側にとっても幸運のこの上ないことであろう。SNS上で「発掘」されたことがきっかけで、商売が軌道に乗った、大もうけすることだってあるだろうが、光には必ず闇があることを忘れてはいけない。あまり語られない負の側面が、グルメサイトにもある。
ラーメンはやめるんだって。悲しそうだった
今春、東京都下の某ターミナル駅前で何十年も営業を続けてきた老舗ラーメン店が、張り紙一枚も出さず、ひっそり店じまいした。シャッターの降りた「元ラーメン店」の前にやってきた、20年以上、通っていたという常連客の男性が肩を落とす。
「この数年ですっかり客層が変わってしまったんだよ。大将がそれを嘆いていてね。小さな店で、地元の人向けにやってきたのに、変に注目されて忙しくなってね。だからもう、ラーメンはやめるんだって。悲しそうだったし、俺らも本当に残念だ」(ラーメン店の常連客)
常連客によれば、ラーメン店は同所で40年近く営業を続けてきた。地味な看板の小さな店舗でホームページすらなし。ネット上のいわゆる「グルメサイト」にすら、長らくメニューや正しい営業時間が掲載されることもなく、客全員が顔見知りのなじみ客だった。ところがこの数年、ローカルラーメンブームや町中華ブームの影響からか、とあるインフルエンサーによってSNSに取り上げられたことで客層も雰囲気も一変したという。
「まず、行列が出来ていてね。20年通って、こんなことは初めて。常連はほとんど高齢者だから、並びたくはないし、知らない若いお客さんばかりだから店に入るのも怖い。だんだん常連が行かなくなっちゃってね。大将も、今までみたいにゆったり出来ない、若いお客さんが次々に来てきついと気が弱っていった。それでやめたんだよ」(ラーメン店の常連客)
商売人にとっては、客は何よりもありがたい存在であることは間違いない。「うれしい悲鳴」という言葉があるように、客がどんどんやってくれば、どんなに忙しかろうと、いや、忙しいほど儲けが伸びるのが普通だろう。しかし、商売をやっている人全員がそう思っているとは限らない。自身の出来る範囲で無理をせず、ちょうど生活していけるくらいの水準を維持しながら商売を続ける、というパターンも少なくないのだ。だから、こうした人々にとっては、ありがたいはずのネット上の「グルメサイト」などは、逆に業務を圧迫する足かせにもなっている実情がある。
店から電話を撤去
「二人しかいないから、料理作ってお客さんの対応もして、出前もやってね。そこに、毎日何十件も問い合わせばかり入るようになってパンクした。もう、電話がうるさくてしょうがないから、線を抜いたよ」
千葉県某市で中華料理店を営む男性(70代)はつい最近、店にひかれていた電話を撤去した。
「元々電話番号は公表してなくて、出前の常連さんにしか教えていなかったんだけどね。誰かが、ネットに店の料理と一緒に電話番号まであげちゃった。本人はよかれと思ってやってくれたと思うよ。でもさ、電話の応対だけで一杯一杯になっちゃって。営業時間は何時までとか、駐車場はあるか、最寄り駅はどこか、そんなもん、自分で調べてくれと思うけど、邪険には出来ないじゃない、客だから」(中華料理店を営む男性)
電話を撤去したことで、当然、常連客たちからの注文もとりづらくなったと嘆く。
「常連さんだけに電話番号を教えようと思ったけど、それもフェアじゃないでしょ。だから、もう思い切って電話は非公表にした。俺だってこんなことやりたくないよ。でもしょうがない。古いお客さんも新しいお客さんも大事だけど、古いお客さんを追い出すわけにはいかないから。なんかいい方法があればと思うけど。わざわざ店に来てもらって出前の注文してもらうのも忍びないよ」(中華料理店を営む男性)
ネットで「外国人差別」と非難
注目されてしまったことで商売がやりづらくなった、商売をやめざるをえなくなったという例は、決して多くはないものの、あちこちに存在している。関西地方で複数のレストランを営む事業家の男性(40代)が訴える。
「海外向けのメディアで紹介されたことがきっかけになり、インバウンドのお客様が毎日、ひっきりなしにいらっしゃるようになった。大変ありがたい話で、最初は本当に喜んでいたんです。
しかし、当店は規模も小さく、英語など外国語を出来るスタッフも少ない。例えば、お電話していただいても、相手が英語しかお話にならないお客様であれば、やりとりが出来なかった。
ですので、店長の判断で”日本語オンリー”という張り紙を貼った。すると、とある地方議員がやってきて、張り紙の写真を勝手に撮ってネットにあげた。うちが、外国人差別をしたと言うんです」(事業家の男性)
店のSNSに突如、見ず知らずの人たちから「差別主義者」などといった誹謗中傷のメールや書き込みが寄せられたことで、事態に気がついたという男性。もちろん、本人には「差別」の意図など全くなかったと弁明する。
「外国の方にたくさん来てもらうのはいいんですが、スタッフも少ないし、言語の壁もあり対応できない。その上で苦渋の決断だったんです。外国のお客さんに対応すると、他の日本人の客さんの対応が出来ない、商売にならない、というだけなんです。議員さんは、だったら外国人のスタッフを置くべきと仰いますが、そのお金を出すわけでもなく、ただ言うだけ。
説明してもらちがあかず、さらに攻撃されそうだったんで、謝罪の張り紙出して、お店のHPやSNSを全部閉じました。差別だと一方的に糾弾されて、店を閉めざるをえなくなった飲食店もあるようだったので、同じ目に遭ってはたまらないと思いました」(事業家の男性)
以前にはなかったグルメサイトやSNSに翻弄される、リアルの客とのコミュニケーションによって商売を続けてきた店主たち。いくら本人が誠実に商売をしていようと、地域で愛される店であろうと、これまでは予想だにしなかった形で規模縮小や終了を余儀なくされることもある。ネットにグルメサイトが誕生したときに期待されたこととかけ離れた現実になってしまった。