ソニーグループや大和ハウス工業など、“ボーナスの給与化”に踏み切る日本の大手企業が出てきているが、なぜこうした流れが生まれているのか。そもそも日本型のボーナスや退職金の制度は「日本企業の“悪しき伝統”」と指摘するのは、経営コンサルタントの大前研一氏だ。いったいどういうことか、大前氏が解説する。
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労務行政研究所によると、今夏のボーナスの支給水準は前年同期比3.8%増の86万2928円で、1970年の調査開始以来、過去最高額を更新したという【*】。ボーナス増となった企業が増える一方で、「ボーナスの給与化」に踏み切る企業も出ている。
【*注:労務行政研究所「東証プライム上場企業の2025年夏季賞与・一時金(ボーナス)の妥結水準調査」による】
ソニーグループは、冬の賞与を廃止し、2025年度から賞与を年1回(6月)として、そのぶん月給を引き上げた。大和ハウス工業も、1月に発表した人事制度改革で賞与の一部を月給に取り込む方針を表明。大手玩具メーカーのバンダイは、すでに2022年4月から、社員の収入を安定させる目的で「基本給の比率を高める」という方針を打ち出している。結果、この3社は大卒の新入社員の初任給が30万円以上になったと報じられた。
SNSなどでは、ボーナスが減らされてしまうことに対する不安の声もあるようだが、従来の日本企業のボーナス制度と、「基本給の数か月分」という支給水準こそ“世界の非常識”である。住宅や自動車などのローン返済でも、ボーナス月に割り増して支払う方法がよくあるが、これも日本独特のシステムだ。
欧米などの外資系企業は一般的に「年俸制」で、ボーナス制度はない。また、給料の遅配にすぎない(日本企業の“悪しき伝統”である)「退職金」もない。
そもそも年俸制というのは「労働時間に関係なく、労働者の成果・業績に応じて賃金額を決定する賃金制度」で、年俸額は企業と従業員の間で1人ずつ賃金や契約内容を交渉して決定する。外資系企業の雇用システムは、会社と個人が合意した職務内容に基づく「ジョブ型」だからである。
一方、大半の日本企業の雇用システムは、職務内容や職種を限定せず、会社主導で職務を変動させながら長期的に雇用する「メンバーシップ型」だ。最近は日本でもジョブ型を導入する企業が増えているが、ジョブ型にするのなら年俸制(=ボーナスの給与化)に移行しなければならない。
ちなみに、アジア諸国の場合、韓国企業は基本的に年俸制で、中国、台湾、フィリピン、シンガポール、タイ、マレーシア、インドネシア、ベトナムの企業は、基本給の1~2か月分が正月や旧正月などに年1~2回(ご祝儀のような形で)支給されるケースが多い。
つまり、基本給の数か月分もの一時金を出す日本企業のボーナス制度、および退職金制度は海外にはない“ガラパゴス制度”なのだ。
日本企業は海外では現地の制度に準拠するケースが多く、世界で全社統一の給与制度を確立できたところはほとんどない。それが国境をまたいだ社員の移動が難しい原因にもなっている。
さらに、年俸制で採用されている海外社員から見ると、ボーナスと退職金が自分たちに適用されないのは“差別”と映る。
日本独自の給与制度の歪みは統計にも表われている。
厚生労働省の「毎月勤労統計調査」では、今年4月の働き手1人あたりの実質賃金は、前年同期より1.8%減って、「4か月連続マイナス」と発表された。
ただし、これまでの推移を見ると、2022年4月以降、昨年の6月・7月と11月・12月にプラスになった以外は、ずっとマイナスであり、この時期にプラスになったのはボーナス増の影響によるものと思われる。 実際、同調査の月給(きまって支給する給与)だけで言えば、昨年6月・7月も11月・12月も前年比マイナスなのである。
日本型ボーナスは“20世紀の遺物”
要するに、日本型のボーナスと退職金の制度は、月給を抑えて会社の利益が出たら分け前を分配するという「まず会社ありき」のシステムであり、働き手にとっては極めて失礼な制度だ。
なぜなら、個人の成果・業績に関係なく、その時々の会社の業績に左右される上、最終的な年収が確定しないからである。それゆえ、かつての日本のサラリーマンは、確実に毎月の収入を増やせる「残業」にせっせと励んでいたわけだが、それこそ本末転倒な話である。
日本型のボーナス・退職金制度は、20世紀の工業化社会の“遺物”とも言える。大量生産・大量消費で、工業製品を少しずつ改善しながらより多く作ればよかった20世紀の「Do More Better」の時代は、従来の延長線上でいかに勤勉に拡大再生産するかということが問われた。その中で企業は業績が上がったらボーナスをはずみ、業績が下がったらボーナスを抑えてきた。
しかし、21世紀にそんな遺物は通用しない。企業がグローバル化する中で「ボーナスおよび退職金の給与化」は当然のことであり、不可避である。
そして、これから日本企業が雇用システムをメンバーシップ型からジョブ型に変更するのであれば、前述したように社員一律のボーナス・退職金制度から年俸制に移行しなければならないわけだが、その場合は社員1人1人の仕事を正当に評価する人事システムが必要不可欠となる。
しかし、ほとんどの日本企業は昇進・昇給の判断材料になる詳しい人事データを持っていない。人事ファイルを見せてもらうと「ABCDE」などの5段階評価が大半という状況だ。
だが、ジョブ型は個々の社員の成果・業績を上司がかなりの時間をかけて360度の視点から精査し、それをディスクリプティブ(記述的)な「文章」で具体的に評価しなければならない。そうしないと、社員に不公平感を与えてしまうからである。
たとえば、ソニーは家電メーカーからゲーム・音楽・映画などのコンテンツ企業へとシフトしているが、その結果ますます人事評価は難しくなっている。
ゲームも音楽も映画も、ヒット作を出せるかどうかが勝負であり、極めて浮沈が激しいからだ。
大ヒット作を手がけたチームや社員は年俸を大幅にアップしなければならないが、今はまだヒット作を出せていなくても、そのポテンシャルがある社員はいる。それを給与でどう評価するかは難しい判断だ。
自動車メーカーの自動運転技術開発なども同様で、現時点で儲かっていない“金食い虫”的な仕事をどのように評価するかということを、ジョブ型では全社的に納得のいくものにしなければならない。
それでも、「正解」のない21世紀に企業が生き残るには、人事評価の“質”を上げて「答え」が出せる人材を正しく評価し、彼らに存分に能力を発揮してもらうことが求められる。「ボーナスの給与化」はそのための一歩にすぎないのだ。
【プロフィール】
大前研一(おおまえ・けんいち)/1943年生まれ。マッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社長、本社ディレクター等を経て、1994年退社。ビジネス・ブレークスルー(BBT)を創業し、現在、ビジネス・ブレークスルー大学学長などを務める。最新刊『日本の論点2025-26』(プレジデント社)、『新版 第4の波』(小学館新書)など著書多数。
※週刊ポスト2025年7月11日号