麺の違い、つゆ(だし)の違い、具の違い、食し方の違い……。うどんほど、ご当地の歴史や文化、風土が色濃く反映される料理は珍しいかもしれない。近年は九州北部発祥のいわゆる博多うどんの有名店が続々と関東進出を果たし、注目が集まっている。そうしたなか、九州北部以外“未出店”ながら、博多うどん「3強」のひとつに数えられるご当地チェーンが「牧のうどん」だ。
フリーライターの池田道大氏が、同社社長の畑中俊弘氏にインタビュー。地元以外では食すことのできない「牧のうどん」人気の秘密に迫る。【全3回の第1回】
* * *
今、東京周辺では福岡発祥のうどんチェーンが熱い。北九州発祥の「資さんうどん」が今年2月に開業した東京1号店(両国)には連日多くの人が行列をつくり、3月に原宿の商業施設ハラカドに開業した創業74年の博多発祥「因幡うどん」には多くの若者らが訪れて賑わいを見せている。
さらに福岡で定番の「ウエスト」は町田市のほか千葉県内に複数の店舗を構え、同じく福岡で人気のうどんチェーン「うちだ屋」は、堀江貴文氏が顧問を務める飲食関連企業の子会社となって東京進出と全国展開をめざす。
福岡のうどんが続々と東京など関東に進出して連日メディアで報じられるなか、資さんうどん、ウエストと並ぶ「博多3大うどん」と称されながら、目立った動きが見えないのが、福岡県糸島市に本店がある「釜揚げ牧のうどん(以下、牧のうどん)」である。
「本店から運搬車で1時間半以内の範囲にしか店を出さない」、「食べても減らない魔法のうどん」など幾多の“伝説”を持つ牧のうどんは、地元福岡で熱烈なファンに支持されながら東京進出といった拡大路線をとらず、地域に根差した経営を続けている。同社の畑中俊弘社長に話を聞くと、東京の“福岡うどんブーム”を冷静に見つめている様子が窺えた。
「テレビでよく紹介されるので、福岡発祥のうどんが東京で支持されていることは糸島まで伝わってきています。福岡や九州出身の在住者にウケて、そこそこ繁盛しているのでしょうね。うちがビッグ3の一角とされることは自負していますが、東京に出るかといわれると、どうかなぁ……」(畑中社長・以下同)
ルーツは製麺所、「熟成昆布の一番だし」にこだわる
牧のうどんのルーツは、畑中社長の祖父が糸島市加布里で営んだ畑中製麺所だ。もともとは従業員にまかないで茹でたてのうどんを振舞っていたが、その味が評判を呼び、1973年に畑中社長の父で初代社長の畑中立木氏が製麺所近くに1号店をオープンした。2010年に畑中社長が2代目として社長業を継ぎ、現在は福岡県と佐賀県を中心に18店舗を構える。
1号店開業から50年以上をかけて、博多っ子に愛されるソウルフードになった牧のうどんの最大の売りは、「スープ(かけつゆ)」である。福岡のうどんはつゆの旨みに定評があるが、そのなかでも牧のうどんは素材に特に力を入れている。
「よそと違うのはだし用昆布の使用量で、年間30トン使用するのは日本では牧のうどんだけと業者から言われます。使うのは新物の昆布ではなく、熟成昆布の一番だしのみ。今は昆布の値段が高くなり、実物の昆布量を減らしてエキスや調味料に代えたところが大半でしょうが、うちは実物しか使っていません。そのあたりもアドバンテージだと思います」
麺がかたくコシが強い讃岐うどんと異なり、コシがなくやわらかい麺が特徴的な博多うどんのなかでも、製麺所をルーツに持つ牧のうどんの麺には独特の提供スタイルがある。多くのうどんチェーン店では茹でた麺を冷水で締めておき、客に提供する前に温め直すのが一般的だが、牧のうどんは釜から揚げたてのアツアツの麺を提供するのだ。
「昔からうどん業界では、“うどんは茹でたてがいちばんおいしい”が定説でした。うどんはお湯から出すと水分が蒸発して、どんどん風味が失われてしまうから、釜から揚げた麺をそのまま提供するスタイルにこだわりました」
この釜揚げスタイルが、「食べても減らない魔法のうどん」という“伝説”を生んだ。
「親父の時代からお腹いっぱい食べてもらいたいというのがコンセプトで、うちの麺は普通盛りで500グラムと、よそよりだいぶ多い。もともと量が多いうえ、釜揚げの麺がスープをどんどん吸って太くなるから、“食べても減らない”と言われるのでしょうね」
「本店から車で1時間半以内」のみに出店の理由
うどんにかけたスープは麺に吸われてすぐなくなってしまうので、昔は従業員がスープ入りのヤカンを手に持ってお客さんの間を注ぎ足して回っていたという。今もうどんの提供時にスープ入りの小さなヤカンを添えるのが牧のうどんの流儀である。
そんな独自の麺は茹で加減を「かた」「中」「やわ」から選ぶことができる。茹で時間は「かた」が約8分、「中」が約30分、「やわ」が約40分かかる。それでも客を待たせることなく、最もおいしい釜揚げスタイルで提供できることも他店にない大きな武器だ。
「『中』を頼んだお客さんを30分待たせるわけにはいかないでしょ。うちではお客さんがいてもいなくてもずっと麺を湯がき続けます。そうすると必ずロス(売れ残り)が出ますが、製麺所時代から近所のスーパーや病院などにロスを卸すルートがあるので、お客さんがいつ来ても大丈夫なように麺を湯で続けられるんです」
ごぼう天、かきあげ、まる天など豊富なトッピングや、かけうどん370円という良心的な値段設定、従業員の明るい雰囲気も愛される理由だ。味わい深いスープや病みつきになるやわ麺、釜揚げスタイルの全国展開を望むファンも多いが、牧のうどんには、「本店から運搬車で1時間半の範囲内にしか店を出さない」という不文律があるという。
「どの店でも同じ味を楽しんでいただけるよう本店で一括してだしをとっていますが、スープの風味を劣化させないため本店から1時間半以内で行ける地域にしか出店しません。
それに本社がある糸島市や福岡市は人口が増えていますが、それ以外の地域は人口が減っています。そうした地域では売り上げが得られないというより、従業員を確保することが難しい。結果として、本店から1時間半以上かかる地域には出店していません。だから、牧のうどんは地元で食べるしかないんですよ」
福岡発祥のうどんが東京を席巻するなか、“最後の刺客”とも呼べる魔法のうどんを味わいたければ、福岡に行くしかないのだ——。
取材・文/池田道大(フリーライター)