生前に「名義変更」しておけば、手続きもラクになり税負担も軽くなる
相続の手続きとは、結局のところ「名義変更」に尽きる。
故人の財産の名義を変える際は膨大な書類が必要で、相続税を取られるケースも多いが、この手間を減らし、節税にもなる“ずる賢い”方法があるという。いまからできる名義変更の裏ワザをお金のプロが伝授する。【全文】
生前の名義変更で手間も税金も減らせる
家族の没後、遺族は故人の自宅や預貯金、有価証券などあらゆる財産の「名義変更」を行なわなければならない。
これが実に厄介だと言うのは、相続に詳しい税理士の相原仲一郎氏。
「故人が亡くなった事実、さらに故人との関係を証明するために被相続人の出生から死亡までの戸(除)籍謄本や相続人全員の戸籍謄本、同意書類などが求められます。これを限られた期間内で各所の窓口を回って行なわなくてはならない」
悲しみに暮れるなかで煩雑な手続きに追われるのは心身ともに負担が大きく、避けられるなら避けたいもの。
実は、手間も税金も減らすやり方があるという。
「生前に名義を変更してしまうのです。これなら遺産分割協議といった相続手続きの手間を大幅に短縮でき、様々な制度や特例を使うことで税制面でも大きな恩恵を受けられます」(同前)
不動産は生前から配偶者に名義変更
得する・ラクできる名義変更
まず、多くの人にとって相続財産の大半を占める不動産から見ていく。
これまでは相続した不動産の名義変更は義務ではなかったが、2024年4月1日から不動産の相続権があることを知ってから3年以内の名義変更(相続登記)が義務化。
怠ると10万円以下の過料が科されるなどの罰則も新設された。
2024年4月以前に相続した不動産にも適用され、相続登記せずに放置してきた不動産を所有する人は2027年3月末までに登記する必要がある。
「対策のひとつは、生前から配偶者に名義を変更しておくことです。おしどり贈与を活用しましょう。婚姻期間が20年以上の配偶者に自宅もしくはその購入費を贈与すると、最大2000万円と基礎控除の110万円で合計2110万円までが非課税になります。配偶者の住居を確保するための特例ですが、使い方により死亡後の手続きの手間と相続財産を圧縮できます」(同前)
二世帯住宅や同じ敷地内に別々の建物で子と住んでいる場合、生前の名義変更で不動産の評価額を落とせるケースがある。
「区分所有登記の二世帯住宅に親子が住んでいるような場合、名義変更で評価額が最大80%減額される小規模宅地等の特例を使えるケースがあります。
特例は“同居”が条件なので、別々の区分に住んでいることになる区分所有ではなく1つの登記に名義変更しておけば、相続が発生した後にこの特例を活用できる。親子で同じ敷地内に別の建物で住んでいる場合でも、2軒をつなぐ渡り廊下などを作れば1つの建物となり、名義を1つにして特例が認められる可能性があります」(同前)
不動産は“名義変更漏れ”に注意
不動産の名義変更をする際には注意点もある。相続専門の行政書士・中田多惠子氏が言う。
「“名義変更漏れ”に注意しましょう。自宅だけではなく隣家と共有の道路なども名義変更しなければ売却などができません。配偶者から贈与された自宅の前の道路を名義変更し忘れるといったケースが多々あります。贈与の際に『名寄帳』を取り寄せれば、固定資産税評価証明書に記載されていないような共有の道路などについての所有区分も記載されています」
名寄帳は市区町村が不動産の情報を所有者ごとにまとめた一覧表で、固定資産税がかからないような細かな土地についても登録されている。生前であれば、本人や同居している親族が不動産のある市区町村役場で本人確認書類と簡単な手続きだけで入手可能だ。
預貯金口座の名義は生前に変更できないが…
得する・ラクできる名義変更
膨大な書類の提出や手続きに翻弄されるのが預貯金口座の名義変更だ。口座の名義は生前に変更することができないが、ここでも賢い方法がある。
「暦年贈与を利用し、生前に資産を移動してしまうのです。年110万円までの贈与が非課税になる暦年贈与を使ってコツコツ子らに財産を渡していけば、将来の相続財産を圧縮することで相続税を減らすことができます」(相原氏)
ただし令和5年度税制改正により、2024年1月の贈与分から贈与した人が亡くなると直前7年分の贈与額が相続財産に戻されて相続税の課税対象になった。
「そこで検討したいのが相続時精算課税制度です。2500万円までの贈与が非課税になる制度なのですが、去年の1月から年間110万円の控除枠が新設されました。この控除枠は贈与者の死後も遺産に戻されません。
また、本来最大55%の贈与税率が2500万円を超過した部分についても一律20%に抑えられます」(同前)
他にも預貯金を生前贈与して得する制度はある。
「30歳未満の子や孫に教育資金を贈与する場合、教育資金の一括贈与の特例を利用すれば1500万円まで非課税で贈与できます。また、住宅取得等資金の贈与の特例を活用すれば18歳以上の子・孫への贈与が最大1000万円まで非課税になります」(同前)
銀行口座のなかでも特に定期預金は死後の名義変更が厄介になる。相続した人が定期預金を中途解約するまでお金を引き出せないケースが多く、普通預金と異なり葬儀代などの仮払い制度も使えないなど使い勝手が悪い。
生前に本人が解約して普通口座に移し、前述の制度を活用して名義変更すれば死後、相続人にかかる手間を省略できる。
同時に多くの銀行口座を持っていると相続時に解約や名義変更の手間がかかるため、生前のうちになるべく整理しておくとよい。「普通銀行だけでなくネット銀行なども1~2行に集約しておくことです」(同前)
株は“最も低い値”で贈与できる
得する・ラクできる名義変更
株式や債券などの有価証券も生前の名義変更を進めるメリットがある。
特に株式の贈与は、「贈与した日の終値」「贈与した月の終値平均値」「贈与した前月の終値平均値」「贈与した前々月の終値平均値」の4つのなかから最も低い値を選べる。
「例えば今の株価が最も安いならば、その値で名義変更する。反対に今が上昇傾向で先月が安かったならば先月の平均値で名義変更すればいい。贈与額が110万円以下なら暦年贈与の非課税枠を活用できます。特に成長が見込める銘柄は早めに贈与すると節税効果が高まります」(同前)
昨今のように株価が乱高下する時期は相場をじっくりと見極めて名義変更に臨みたい。
有価証券の名義変更手続きは贈与を受ける人の口座を作成して証券を移管するだけ。最短1日で手続きが完了する場合もある。
生命保険は二次相続まで想定する
得する・ラクできる名義変更
生前のうちに積極的に名義の見直しを行ないたいのが生命保険だ。
生命保険の名義は「契約者(保険料を払う人)」と「被保険者(保険を掛けられている人)」「受取人(保険を受け取る人)」の3種類がある。
被保険者が死亡した際に支給される死亡保険金は「みなし相続財産」として課税対象になるが、相続税の基礎控除とは別に「相続人1人あたり500万円」の非課税枠がある。
相原氏が勧めるのは「受取人を子供に名義変更する」ことだ。
「受取人を妻にしているケースが多いですが、元々配偶者は優遇されていて相続財産が1億6000万円(ないし法定相続分)まで相続税がかからないので、多くのケースで死亡保険金の非課税枠を使うメリットがない。
仮に子供2人を受取人にすればそれぞれ500万円まで非課税になり、全体の相続税を圧縮できる可能性があります。また妻に渡るお金を減らしておくことは、二次相続時の節税にもつながります」
生前から預貯金を生命保険に変えておくことも節税効果がある。
「生命保険は“相続税がかからない財産”とも言われます。なので余剰資金がある場合は生前のうちに生命保険に変えて受取人の名義を子供にしておけば、非課税枠を最大限に活用して節税することができます」(同前)
墓の永代使用権を生前に名義変更
得する・ラクできる名義変更
他にも自動車と自動車保険や火災保険、携帯電話やインターネット、クレジットカードなど、生前に名義変更しておきたいものは多い。
「墓も忘れてはいけません。永代使用権を生前に名義変更しておけば、死後に墓地の管理者との手続きが楽になります。また祭祀継承者は通常、長男が継承するケースが多いですが、辞退したいという人は珍しくない。死後に言い出すと揉めることもあるので、生前から親族と話し合い、別の人を立てておくとトラブルを未然に防ぐことができます」(中田氏)
一方で、慌てなくてもいい名義変更もあるという。それが電気・ガス・水道などのライフラインだ。
「止まると困るからと急いで手続きしようと焦る人が多いですが、口座凍結などで引き落としができなくなると名義変更の連絡が来ます。死後の慌ただしいなかであえて手をつける必要はありません」(同前)
いつ、誰に何を渡すのか──今から動くことで大切な資産を守ることができる。
得する・ラクできる名義変更(その2)
得する・ラクできる名義変更(その1)
生前の名義変更で使える制度
※週刊ポスト2025年6月6・13日号