5棟に1棟がシロアリ被害に…
日本の家屋を食い荒らすシロアリ。
2013年に国土交通省の補助事業として行われた「シロアリ被害実態調査」では築年数20年以上の物件の実に5棟に1棟がシロアリ被害を受けていることが判明。築浅である5年~9年の建物でも20棟に1棟がすでにシロアリの餌食となっているとも報告されている。
アメリカカンザイシロアリ(日本ボレイト提供)
現在の被害はヤマトシロアリやイエシロアリなどの地面に生息する地下シロアリによるものが主だが、その一方でここ最近、急増の一途を辿っているシロアリがいる。それが外来種であるアメリカカンザイシロアリ(以下、カンザイ)だ。カンザイ駆除を行う日本ボレイト株式会社の代表・浅葉健介氏が語る。
「寄せられるカンザイの被害相談は年々増えています。今後も被害が拡大し、社会問題になっていく可能性は高いです」
現在、カンザイ被害が急増しているのが関東エリアだ。
都内に広がる「激震地」
「私たちは被害の集中している場所を『激震地』と呼んでいますが、最も相談が多いのが横浜。次いで東京の中野です。カンザイは空を飛んで建物に侵入しますが、その行動範囲はせいぜい100メートル。
裏を返せば住宅が密集した都市部では一つの物件に巣があればそこから簡単に近隣へと一気に広がっていきます。
都市部のほうがカンザイの被害は広がりやすい特性があります」(以下、「」は浅葉氏)
駆除の様子。空から襲うカンザイは屋根裏に巣を作るケースが多い
では、カンザイはいかにして愛しのマイホームを食い荒らすのか。10月某日、現代ビジネスはカンザイの駆除現場作業に同行。作業を行うという物件は中野の住宅地帯に経つ築年数約30年の2階建ての一軒家だった。家主であるAさんが語る。
「カンザイの存在に気付いたのは6年ほど前だったと思います。
きっかけは自宅に転がるゴミでした。粒のようなものが床に落ちていて、当初は誰かがお菓子でもこぼしているのかなと思って掃除をしたのですが、一向に収まらない。
これはおかしいぞと確認してみると家に妙な虫がいる。でも見る限り地下シロアリではない。
調べていくとカンザイというシロアリに辿り着きました」
「アメリカカンザイシロアリって何ですか?」
その後、複数のシロアリ駆除業者に連絡をしてみたAさん。しかし、返ってくる言葉は無情なものだったという。
「シロアリ被害を相談すると、まず『どのシロアリですか?』と聞かれます。そこで『アメリカカンザイシロアリです』と伝えると『あぁ、うちじゃ無理』と言われました。なかには『アメリカカンザイシロアリってなんですか?』という反応する業者もありました。
役所に連絡をしても業者も紹介してくれることもなく、取り合ってさえくれません。そこでボレイトさんに連絡を入れたんです。すぐに『中野は激震地です』と言われ、実際に自宅も見てもらって、ようやくカンザイの被害だと確信しました」(Aさん)
カンザイ被害を語るAさん。自宅の揺れに死の恐怖を感じたとこともあるという
その後は日に日に食われていく自宅をただ眺めることしかできなかったという
。Aさんが続ける。
「最初は殺虫剤を使ったりして食い止めようと思っていたんですが、全く効果はなかったです。
カンザイは外に出ようと明るいほうに飛んでいくので、ひどい時には屋根裏の換気口の網戸の半分ぐらいがカンザイで埋まっていたりするんです。
それがもう気持ち悪くて…。慣れてきたのか、次第に飛んでいるカンザイの姿が目視で確認できるようになりました」
だが、そこでAさんが目の当たりにしたのは言葉を失う光景だった。
「死ぬかもしれない」
「うちからもカンザイが飛んでいくのが見えるんですが、近所の家から交換留学するようにカンザイが窓から飛んでいるのが分かるんです。そこで『ああ、もうどうにもならないんだな…』と悟りました。
最近は近くで電車や2トントラックが通るだけで家が大きく揺れ、耐震性能が低下していることを感じています。
揺れる度に『もう自分は死ぬのかもしれない』と思う日々が続いていました。
このままではまずいと駆除をお願いしました」(Aさん)
床のカーペットに積もったカンザイの糞粒
では、その被害はどれほど広がっているのか。まず駆除業者に案内されたのは何の変哲もない2階の一室だ。
「ここはすでにカンザイの被害が見えます」
スタッフの言葉をもとに壁や柱を見回すが異変はない。
「ここに木くずのようなものが落ちていますが、これがカンザイの糞です」
そうスタッフが指を向けたのは部屋の床。
目を凝らすと確かに黒や茶色の粒が転がっているのが確認できる。一見すれば砂か木くずにしか思えないが、駆除業者の一人がそばの壁を叩くと壁紙と木枠の隙間から粒がこぼれるようにして落ちてくる。
梁の中から無数の糞が…
「糞は食べる箇所によって色が変わります。黒めの木材なら黒、茶褐色なら茶色。お子さんがいる家だと持って帰ってきた砂汚れだと勘違いしてしまう。
ただ、掃除しても掃除してもこの糞は床に転がります。まずこの粒があるかどうかが、自宅にカンザイが潜んでいるかのチェック項目になります。
ルーペで見てみるとより分かりやすいですが、糞は俵型で6本の筋が入っています。これはカンザイが木材の水分を搾り取るための線です」(日本ボレイトのスタッフ)
軽く押すだけで家屋の木材からは大量の糞粒が溢れだした
続いて取材班が入ったのはカンザイの巣穴が連なるとされる屋根裏だ。こちらもカンザイの姿は見えず、木材にも目立った穴はない。しかし、スタッフが梁の一つを軽く押すだけで指がいとも簡単に表面の皮を突き破る。なかから溢れてきたのは無数の糞だ。
「カンザイは木に小さな穴を作り、そこから内部へと侵入します。
そこから中の木材を食べていきます。しかし、外敵が入ってこないよう木材に大きな穴は開けず、薄い外の皮を残すように中だけを器用に食べます。
なので外から見るだけではカンザイがいるかは分かりませんが、指で押すだけで簡単に突き破ります」
注目すべきは屋根裏内に落ちている数多の羽の残骸だ。
羽を自ら切り離して「侵入」
「これはいずれもカンザイの羽です。カンザイは木材に入り込む際、自らの羽を切り離します。羽が落ちているということはそれだけ木材のなかにカンザイが侵入している証拠です」
駆除の様子。被害が見られる梁に専用のホウ酸水溶液を流し込む
そう説明を終えると、スタッフはおもむろに梁にドリルで穴を開け、そこに専用の機材を差し込み、トリガーを引いた。
「通常、梁の内部のどこかにカンザイの巣があります。こうやって専用のホウ酸水溶液を流し込むことで中にいるカンザイを死滅させます。ひどい時には下の梁に注入したのに頭上からホウ酸水溶液が垂れてくることもある。それだけカンザイが縦横無尽に木材を食い荒らしているケースもあります」
カンザイに有効とされるのがホウ酸だ。「高性能な住まいの相談室」を運営する住まいるサポート株式会社代表の高橋彰氏はこう語る。
「カンザイに有効な防蟻処理を施している住宅は現状ではほとんどないので、これから被害は拡大し、深刻になっていくことが懸念されます。カンザイに有効な防蟻はホウ酸を主成分とした液体を木材や屋根裏を含む主要構造部全体に塗布します。
従来の合成殺虫剤は5年ほどで効果が切れるうえに子供や幼児のADHD(多動性)の原因物質とされるなどの健康被害引き起こしているとされています。一方で、ホウ酸は無機鉱物を由来とするため長期間効果が持続するうえに健康被害の心配もありません。
万が一カンザイの被害に遭ってしまった場合、駆除にかかる期間は2人体制で一週間程度です。費用は100万円ほどになる恐れがあります。
お高いように感じるかもしれませんが、自宅を建てる際には数千万、高い場合は億を超えることだってあります。その100万円を渋って住宅寿命が短くなるほうが住宅資産の損失は明らかに大きい」
「被害を周囲に話さない」
高橋氏はさらに、「新築時に永続性があり、カンザイにも有効な防蟻処理を行う場合は、追加費用は15~20万円で済みます。
ただし、現時点でそのような防蟻処理に対応している工務店やハウスメーカーはまだ少ないのが実情です」と新築時にカンザイに対応してくれる工務店を選ぶことを強く勧めている。
Aさん宅の屋根裏に仕掛けていたネズミ捕りに引っかかる無数のカンザイたち
そしてもう一点、シロアリ被害を拡大させている大きな理由がある。それが人間によるものだ。別の駆除業者はシロアリ被害の実情をこう語る。
「実際にシロアリ被害を受けたとしても自分の家が発信源と思われたくないという思いから周囲に被害を言いたがらないのが人間の心理。これは地域で生きるためのコミュニティの問題です。
気持ちは痛いほど分かりますが、これがシロアリ被害を助長しているのは間違いない。
実際、依頼者から『家に来る際は作業者や制服にシロアリ駆除と書いていないもので来てくれ』とお願いされるパターンも少なくなくありません」
家のみならず人間のコミュニティまで食い破るシロアリたち。空から襲い掛かるカンザイの登場は今後、日本の住宅事情を大きく変えてしまうかもしれない。
カンザイに喰われた梁
カンザイの羽の残骸
カンザイに喰われた梁
カンザイに喰われた梁
カンザイに喰われた梁
カンザイに喰われた梁
カンザイが木材に侵入した小さな穴