マイホームを喰らう「小さな侵略者」
都内に暮らす男性は自宅に転がる「あるモノ」を見て思わず息を飲んだ。
昨日、掃除したばかりの床に散らばる粒の数々。
一見すると木くずや土汚れに見えるが、どうも違う。今日は誰もこの部屋には入っておらず、ゴミが落ちるわけがない。
一体、誰が何の目的で…。
これこそが空から現れ、マイホームを食い荒らす“小さな侵略者”を知らせるサインだった――。
アメリカカンザイシロアリ(日本ボレイト提供)
人類が生まれるはるか昔、およそ1億5000万年前から地球で生息していたとされるのがシロアリだ。
しかし今、そんなシロアリの亜種とも呼べる存在が日本国内で猛威をふるっているという。
その名はアメリカカンザイシロアリ(以下、カンザイ)。
シロアリという名称だが、成虫は赤褐色で、大きさはおよそ8ミリ程度。
主な生息地は北アメリカとされ、主にカルフォルニア州など西海岸で多く生息している外来種だ。
カンザイの駆除を多く手掛ける日本ボレイト株式会社の代表・浅葉健介氏が語る。
「アメリカでは西部カンザイシロアリと呼ばれており、現在もカルフォルニアでは甚大な被害を生み出しています。
現地ではカンザイの被害を『カルフォルニアの呪い』と呼んでいます。
日本で初めてカンザイが確認されたのは1970年代で、場所は江戸川区でした。
はっきりとした到達経路は判明していませんが、海外から輸入された木材や家具に潜んでいた説が有力とされています。
以降、徐々に被害数が増えていきました」
シロアリの概念を覆す存在
2009年には『クローズアップ現代』で取り上げられるなど社会問題化。しかし、その後は大きく取り上げられることはなく、すっかり世間から忘れ去られた存在となっていた。
再び被害数が伸びてきたのはここ10年ほどだという。
カンザイ羽アリの群飛(日本ボレイト提供)
「私どもが把握している限りでも2016年頃からカンザイの被害相談が増えてきた印象です。
その件数は間違いなく年を追うごとに増えています。
現在は年間でも80件ほどですが、数年のうちに被害は倍増していくと考えています」(以下、「」は浅葉氏)
では、なぜカンザイが国内で危険視されているのか。
その理由となるのが他のシロアリにはない能力を持っているからだ。
「カンザイの特徴は大きく分けて2つあります。1つは家への侵入経路です。ヤマトシロアリやイエシロアリなど、地面に生息する地下シロアリは床下から家に入り込んでいきます。これが一般的なシロアリのイメージです。
一方のカンザイは飛行して窓や屋根裏の換気口などから侵入し、建物上部から浸食していく。
これだけでもカンザイはそもそものシロアリの概念を覆す存在だと分かると思います」
従来の地下シロアリとは一線を画すカンザイ。
その生態ゆえ、被害を受ける木材にも違いが生まれる。
大好物は「まさかの木材」
「地下シロアリは湿気の多い木材を好みます。だからこそ水気の多い床下から入り込み、そこにある木材を食べていくわけです。
反対にカンザイは名前の由来ともなっている通り、乾材が大好物。屋根裏や2階部分から家に入り、そのまま乾燥した木材を食い荒らしていく。
つまりカンザイはこれまで地下シロアリがあまり好まなかった木材を喜んで食べてしまう。
分かりやすい例がヒノキです。
ヒノキはシロアリにも強い木材として知られていて、なかには『ヒノキで建てればシロアリ被害は防げる』と信じている一部の業者もいます。
ですが、カンザイにとってはご馳走。
ヒノキがあれば安心と思っているのは大きな間違いです」
乾燥材を食べるカンザイ(日本ボレイト提供)
この油断こそがカンザイの被害を拡大させる大きな要因となっているという。
「先ほど説明した通り、地下シロアリは地面に巣を作りますが、カンザイは屋根裏や2階部分など高い部分の木材を食べて巣穴にします。
これまでシロアリ被害の確認は床下のチェックがほとんどですが、これではカンザイの被害は分からない。
そのため発見が遅れ、気づいた時には被害が深刻化しているケースが非常に多いです」
それは家主だけとは限らない。
「高性能な住まいの相談室」を運営する住まいるサポート株式会社代表の高橋彰氏はこう語る。(以下、「」は高橋氏)
従来の防蟻剤は通用しない
「アメリカやイギリスの住宅寿命は100年を超えますが、かたや日本の住宅はおよそ30年。その原因の一つが劣化対策です。
そもそも高気密・高断熱など性能の高い住宅を作るのに最適なのは木造。
しかし、この木造の唯一の欠点とされるのがシロアリ被害です。シロアリに食べられることで耐震性能が低下するなど、劣化に繋がります。
日本の建築基準法では地面から1mまでの柱や土台などに対して防蟻処理を行うよう求めており、約7割の工務店やハウスメーカーが合成殺虫剤を使ってシロアリ対策を行っています」
カンザイに喰われた梁
しかし、この対策はいわゆる従来型の地下シロアリのみを想定したもので、カンザイは入っていない。
「屋根裏から家を食い荒らすカンザイに対して地盤面から1mまでの防蟻では当然通用しません。
さらにこれら合成殺虫剤の効果は5年程度で分解されてしまい、その都度処理を行わなければ意味がない。
加えて一般的に工務店がつけるシロアリ保証はおよそ5年ですが、そもそもカンザイ被害は保証の対象に入っていません。
工務店やメーカー側もカンザイ対策に注力していないのが現実なんです」
その状況は駆除業者も同じだ。
専門業者はほとんどいない
「今の駆除業者のほとんどが地下シロアリを専門としており、カンザイに関する知識はほとんどと言っていいほどありません。
私が知る限りでもカンザイをきちんと扱える駆除業者は全国で10社もありません」
カンザイが食い破った柱
一方で高橋氏によると、「防蟻効果に永続性があり、カンザイにも有効な防蟻はそれほど難しくなく、30坪くらいの戸建住宅だと15~20万円程度の追加費用で可能。
新築時にカンザイ対応の防蟻を施すことが最も有効な対策です」という。
日本のシロアリ像を根底から覆すカンザイ。
現代ビジネスでは実際にカンザイの被害を受けた都内の自宅を取材。
つづく後編記事『【現地ルポ】「死ぬかもしれない」「網戸の半分が大きな虫で埋まり」…「激震地」は横浜と中野! 日本家屋を食い荒らす新型シロアリの「恐ろしき正体」』では現地ルポで見えたカンザイの脅威とその対策について詳しく報じる。