日本では「過激派」や「トンデモ」と報じられるトランプ信者たちは、この4年間でバカにできない数に膨れ上がった。
彼らはいったい何を考え、なぜトランプに投票したのか。
その実態に迫ろう。
テキサス州を「独立国家」にする!
「ハリスはバイデン政権下で移民管理の責任者に任命されたにもかかわらず、国境対策を何もやらなかった。我々が独立するまでのあいだ、国境を厳格に守ることができるのはドナルド・トランプしかいません」
こう興奮気味に語るのは、テキサス州の分離独立を目指す団体「テキサス・ナショナリスト運動」(TNM)代表のダニエル・ミラー氏だ。テキサスはかつてメキシコの一部だったが、1835年の「テキサス革命」を経て独立。
その10年後に28番目の州として米国に併合されたという歴史がある。
ミラー氏は「200年前の独立国時代を取り戻したい州民が日々急増している」と言う。
「アメリカは政治的分断という根深い病を抱えています。これを見ないふりをすれば、大災難の原因になる」
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ミラー氏が特に問題視しているのが不法移民だ。テキサス州はメキシコと国境を接しており、多くの移民が押し寄せる。TNMの運動に参加する50代の主婦は「私たちは侵略に遭っている」と嘆く。'20年の国勢調査では、テキサス州の人口の39・3%がヒスパニック系で、白人の比率は39・7%。すでに白人に迫る比率になっているのだ。
彼らがこれほどまでに移民に対して拒絶反応を示す理由について、前出の中岡氏は、アメリカ南部の保守的な風土が大きく影響していると言う。
その中で最も保守的なプロテスタント福音派は成人の31%を占めています。彼らはアメリカを神に選ばれた国だと信じており、キリスト教的な倫理に基づいた社会でなければならないと考えています」
大統領選は「サタンとの戦い」
福音派はテキサスだけでなく、全米で大きな勢力を誇り、アメリカの成人人口の約4分の1を占めている。
そして、今回の選挙では福音派の人々がトランプの強力な支持基盤となった。信者の約8割がトランプに投票したという。
彼らは聖書を歴史的な書物ではなく、「御言葉=神の言葉」だとして信じており、聖書に忠実な信仰生活をおくっている。
「聖書には神が男と女を作ったと書かれています。だから福音派はトランスジェンダーを認めません。同じ理屈で人工中絶にも反対です」(同前)
トランプが人工中絶に慎重な立場なのは、こうした支持者のためだ。
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福音派の伝道師たちは激戦州を回って宗教イベントを催し、トランプを支援した。
その一人がテキサス州在住のランス・ウォルナウ牧師だ。選挙戦をサタン(悪魔)の軍勢との「霊的戦い」と位置づけ、信者たちにこの戦いに従事するよう呼びかけてきた。
「トランプ氏と初めて会ったのは'15年12月30日、トランプタワー26階のボードルームでした。彼は優しく、穏やかでした。
そして、自分のようなビジネスマンより、我々のような聖職者のほうが崇高な職業であることを認めました。とても謙虚な印象を受けました」
トランプは神が選んだ「救世主」である
とはいえ、トランプは過去のセクハラ報道や、刑事裁判での有罪評決など、キリスト教の価値観に反する言動が目立つ。それでも、福音派の人々が支持するのはなぜか。
ウォルナウ氏はトランプを聖書に登場するキュロス2世になぞらえる。ユダヤ人を「バビロン捕囚」から解放してエルサレムに帰還させたペルシャ帝国の皇帝だ。
「キュロスは無信仰でしたが、神はそうした人間を用いることもあるのです。
確かにトランプ氏は下品な言い回しをします。しかし、そういうスタイルだと理解すれば、トランプ氏が他の政治家が言っていない真実を語っていることがわかります」
トランプは神が選んだ「救世主」である―福音派の信者たちにそれを確信させる出来事も起こった。7月13日のトランプ銃撃事件だ。
銃弾は右耳をかすめ、トランプは命拾いした。
バージニア州在住の福音派の牧師、レオン・ベンジャミン氏が語る。
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「トランプ氏は事件後、『神が自分を救ったのは目的があるからだ』と言いました。
彼は自分より大きなものが命を救ったことを理解しています」
トランプは「神の奇跡」を経て、もはや個人崇拝の対象にもなっている。
宗教学者のマシュー・テイラー氏が解説する。
「民主主義や多元主義、市民参加などの概念は、人類の歴史において非常に新しく導入されたものです。
人類は長きにわたり、王や皇帝、部族の長など強い男に守られて生きてきました。『強い男』に惹かれるのはまさに人間の本性なのです」
イーロン・マスクの狙い
こうした熱狂的な支持者たちを利用してトランプを大統領の座に押し上げ、自らの権益を広げようとしている人々もいる。
シリコンバレーで先端事業に取り組む実業家たち、いわゆるペイパルマフィアだ。
特に注目を集めたのがスペースXやテスラの創業者であるイーロン・マスク氏である。
自らが運営する「X」(旧ツイッター)でトランプへの応援メッセージを投稿しまくった挙げ句、政治団体を通じて毎日有権者1人に100万ドル(約1億5000万円)を贈る「懸賞」を実施して波紋を呼んだ。
また「ペイパルマフィアのドン」として知られる、米決済サービス大手ペイパル共同創業者のピーター・ティール氏が、副大統領候補のJ・D・バンスの後ろ盾であることは良く知られている。
彼らはなぜトランプを支持したのか。在米ジャーナリストの岩田太郎氏が説明する。
「多額の献金をして見返りを求めているのです。
スペースXを経営するマスク氏は、航空宇宙の分野でNASAや国防省からの仕事を得たい。
またティール氏は、創設した情報解析企業のパランティアが米軍と取引をしており、そのビジネスをより強化していく狙いがあったのでしょう」
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トランプはさっそく、マスク氏を「政府効率化省」のトップに任命すると発表した。連邦政府の歳出削減をマスク氏に任せようというのだ。政府関係者は今頃、肝を冷やしているに違いない。
こうした支持者たちの力でトランプは勝利し、ひとまず内戦という最悪の事態は免れた。
だが、まだ安心はできない。いくらトランプといえども、大統領になれば好き勝手に振る舞うことはできないからだ。三権分立の下で政策を実現するには、議会の承認が必要になるし、司法が待ったをかけることもある。
結果として第一次政権のときのよ
うに意外とマトモな政策に着地する可能性は大いにあるのだ。しかし、過激な支持者たちはそれで納得するだろうか……。
トランプは大統領に返り咲くため、さんざん支持者を煽り、実現不可能なことまで約束してきた。トランプはすでに「パンドラの箱」を開けてしまったのかもしれない。
「週刊現代」2024年11月16日・11月23日合併号より