ファーストリテイリングの柳井正会長兼社長が日本テレビのインタビューに答えて、「このままでは日本人は滅びる」と発言したことが大きな反響を呼んでいる。
人口減少が急激に進む一方、労働生産性が低いままであるため、今後日本はやっていけなくなるというのが柳井氏の主張だが、現実問題として“日本崩壊”はかなり進行しており、もはや手遅れとの見方もある。
果たして“崩壊”を回避するためには、どうすべきなのか?
人口減少問題の第一人者で、最新刊『縮んで勝つ 人口減少日本の活路』が話題のジャーナリストの河合雅司氏(人口減少対策総合研究所理事長)が解説する(以下、同書より抜粋・再構成)。
* * *
日本社会が目に見えて崩壊を始めている。要因は、言うまでもなく人口減少だ。
あらゆる業種で人手不足が拡大していることは多くの人が知るところである。
大都市においても運転手のやり繰りがつかず路線バスの廃止や縮小が進み、従業員がいないという理由で店舗は臨時休業を余儀なくされている。
大学の募集停止や小中高校の統廃合に加え、地方では店舗の撤退が相次いでいる。
交番の縮小再編まで始まった。
高齢者はまだ増え続けており、現役世代はさらに減っていく。高齢化で社会保障費は伸び続け、「五公五民」と言われるまで上昇した国民負担率は天井知らずだ。
名目GDP(国内総生産)は2025年にはインドにまで抜かれて5位に転落する見通しで、日本の国力の陰りは覆い隠し難くなってきた。
最近の円安も、単に世界の経済事情だけが理由とは思えない。
円の信認が揺らぎ始めていることが底流にあるのではないのか。日本の未来を悲観する若者たちが国外への脱出を図る動きも目立ち始めた。
ところが、政府も地方自治体も対応がことごとく後手に回っている。
的を射ていない対策が幅を利かせ、効果が表れるどころか、むしろ状況を悪化させる政策が目につく。
出生数減少の真因は「母親不足」
周回遅れの最たるものが、少子化対策である。子育て支援の強化だけで人口減少対策をしたかのような気になっている政治家は多いが、すでに手遅れだ。
国会議員や首長、経済団体の幹部などには、いまだ「出生率が上がれば、出生数は増える」と固く信じている人が少なくない。
だが、これらが事実誤認であることは2005年と2015年の“ねじれ現象”が証明している。2005年とは合計特殊出生率が当時の底である1.26に落ち込んだ年だ。
その後の子育て支援策もあって2015年には1.45にまで回復した。
しかしながら、出生数のほうは106万2530人から100万5721人へとむしろ減ってしまった。
なぜ“ねじれ現象”が起きたのかといえば、出産期である25~39歳の女性人口が17.7%も減ったためだ。出生数減少の真の原因は「母親不足」なのである。
2023年までの直近10年をみると出生数は29.4%の大激減となったが、これも「母親不足」によるところが大きい。
この間の25~39歳の日本人女性は19.0%も減っている。
これに未婚率の上昇や夫婦がもうける子ども数の減少といった結婚や子どもに対する人々の価値観の変化が加わり、急落したのである。
ちなみに、「母親不足」は今後さらに加速する。総務省の人口推計で2023年10月1日現在のこの年齢の日本人女性数を確認すると914万6000人だ。一方、25年後にこの年齢に達する0~14歳は25.7%も少ない679万5000人でしかない。
四半世紀で4分の3にまで減るのでは、「異次元の少子化対策」として莫大な財源を投じても、効果は期待できまい。
「少子化対策の強化など無駄だ」と言いたいわけではないが、もはや日本は出生数の減少も、人口減少も止めようがないのだ。年間出生数が50年もせず10万人を下回る可能性を否定できず、100年もすれば日本人は8割近く減る。
出生数の回復を待ってはいられないということである。
事態がここに至っては、政府が取るべき政策はこの“不都合な現実”を受け入れ、人口が減ることを前提として社会を作り直すことだ。
このままでは足下から日本社会が崩れていく。
深刻なのは「消費者」の減少
しかしながら、政府だけでなく、国会議員にも、地方自治体の首長にも、企業経営者の多くにも「現状維持バイアス」が働いているから厄介だ。自分の任期中だけでも何とかこれまでの経験にのっとった成功や成長を維持できればいいということだろう。
例えば、外国人の受け入れ拡大だ。「不足分を手っ取り早く穴埋めすればよい」という発想である。
だが、これには限界がある。日本人の勤労世代の減少規模があまりにも大きく、それを補充するだけの労働者を日本だけに送り出せる国は見当たらない。要するに「焼け石に水」なのである。
企業単体で捉えるならば、外国人労働者は人手不足対策の有効策である。外国人抜きには回らないという業種も少なくない。
だが、人口減少社会において不足するのは「働き手」だけではない。むしろ深刻なのは「消費者」の減少のほうだ。
仮に、1つの企業レベルで人手不足を解消し商品の生産体制を維持・拡充できたとしても、商品を買ってくれたり、サービスを利用したりする消費者が少なくなったのでは、結局は事業を継続できない。
人口減少が先行して進む地方に対する対策も似たり寄ったりである。いまだに地方分権とか道州制を人口減少対策の切り札のように語る人が少なくないが、これらも周回遅れの見解だ。もはや地方分権でどうにかなる段階ではなくなった。
最近では、“地方消滅”という言葉が躍っていることもあって、多くの地方自治体が移住者受け入れ促進に一生懸命だ。だが、これも大きくズレた取り組みだと言わざるを得ない。
「不足分をどこからか引っ張り込んで穴埋めできればいい」という考え方は外国人の受け入れ拡大と同じである。問題は日本全体の人口が減ることなのだ。
大きなコップの底に穴が開いて水が漏れだしているというのに、小さなコップに小分けしてどちらが多いと競っても仕方がないだろう。そうしている間にも、全員が水を飲めなくなる。
まだ日本の勝ち筋は残っている
「現状維持バイアス」を取り除くには、大切に守ってきたものをひとたび否定するところから始めなければならない。
過去の成功体験はもとより、捨てがたい伝統やこだわりもその対象となる。多くの人が価値観の変化を求められよう。国土の在り様も大きく変えざるを得ない。
日本が勝ち残るための改革を進めれば、既得権益を手放さなければならない人も出てくる。これまでの成功体験の否定には強い抵抗が予想される。
だが、人口減少スピードの速さとその影響の大きさを考えれば荒療治は避けて通れない。
私は人口減少に伴って起きる弊害を「静かなる有事」と名付け警鐘を鳴らし続けてきた。以来20年余が過ぎ、多くの選択肢は過去のものとなってしまった。
だが、万策が尽きたわけではない。まだ日本の勝ち筋は残っている。
人口が減ることをむしろチャンスとして活かし、「縮んで勝つ」ことだ。
日本人がむこう100年間で8割も消えるという激烈な人口減少は、わが国始まって以来の「最大の国難」だ。
国家が残るか消えるかの瀬戸際にあるのだ。われわれは残された力を振り絞り、大一番に打って出て勝利するしかない。
【プロフィール】
河合雅司(かわい・まさし)/1963年、名古屋市生まれの作家・ジャーナリスト。人口減少対策総合研究所理事長、高知大学客員教授、大正大学客員教授、産経新聞社客員論説委員のほか、厚生労働省や人事院など政府の有識者会議委員も務める。中央大学卒業。ベストセラー『未来の年表』シリーズ(講談社現代新書)など著書多数。最新刊『縮んで勝つ 人口減少日本の活路』(小学館新書)では、「今後100年で日本人人口が8割減少する」という“不都合な現実”を指摘した上で、人口減少を前提とした社会への作り替えを提言している。