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「ある日、天井から大量の下水が降ってきて…」賃貸トラブル8か月の攻防、損害賠償を求めて大家とどう交渉すべきか

天井や壁がビショビショに。「トイレの水が室内に流れ込んできていると思うと、気持ち悪くて安心して暮らせませんでした」とハセジュンさん

天井や壁がビショビショに。「トイレの水が室内に流れ込んできていると思うと、気持ち悪くて安心して暮らせませんでした」とハセジュンさん

 

 新生活が始まり、引っ越し件数も急増する3月。実は賃貸物件のトラブルが露見する時期でもある。そうしたなかで、自宅でカビが繁殖するトラブルに悩まされているというのは、『女性セブン』投稿ページのコメンテーター、ハセジュンこと長谷川純子さん(57才)さん。都心の5階建て鉄筋コンクリート造マンションの2階に住んでいる。

 

 ハセジュンが、最初に天井の隅に黒いシミを見つけたのは昨年6月のこと。7月になって、大家に連絡するとすぐに見に来て「修理する」と言ったが、その後、大家からの連絡はなかったという。そんななか、天井のシミは徐々に大きくなり、夫が体調を崩し始める。

 

ついには、天井から大量の水が降ってきて、クローゼットは黒カビだらけになってしまった。そして、上階の下水漏れが原因だと発覚。配管を直しても、ハセジュンの部屋はすでにカビだらけに……。

 

 自分に落ち度がないのに、大きな被害を受けたハセジュン。損害を補償してもらえないまま、下水漏れの原因になった3階の部屋に住む70代の女性大家とのトラブルは現在も進行中。こういうケースはどう解決すべきなのか──。賃貸トラブル8か月の攻防をレポートするとともに、その解決策を賃貸物件のトラブル解決に定評のある司法書士・太田垣章子さんに聞いた。

話し合いを有利に進めるためには証拠が必要

ハセジュン:大家は室内のリフォームをすると言ってはいるのですが、そのためには私たちが一度、別の家に引っ越して、また戻ってこないとならない。

 

「引っ越し費用は出す」「仮住まいの家も用意する」「マンションの更新料1か月分(13万6000円)は免除する」とのことですが、ペットが多いわが家(フグをはじめ100匹以上の観賞魚を飼っていて巨大な水槽が4槽ある)にとって、2度の引っ越しは大きな負担。だったら、新しい家に引っ越した方がいいと思っています。

 

 引っ越しを余儀なくされたのも腹立たしいし、カビてしまった服やバッグ、びしょぬれになったフォトアルバムなどの損害賠償や、カビによる健康被害の補償はしてもらえないの!?と、モヤモヤしています。

 

〈黒カビのせいか、ハセジュンもご主人(42才・自営業)も、3か月以上咳が止まらず鼻炎が治らないともいう〉

 

太田垣さん:すべての賃貸トラブルに言えることですが、まずは大家や管理会社と話し合うことが大前提です。そこで決裂したら、調停や裁判で白黒つけることになります。そして、話し合いを有利に進めるために必要なのが、証拠です。

 

 特に裁判にまでなった場合、裁判官は提出された資料でしか判断せず、現場には来てくれません。ですから、なるべく多くの証拠を残しておくことが大切です。特に写真や動画は、被害状況をリアルに伝えてくれます。裁判においては、必ずしも正義が勝つわけではなく、説得力のある証拠を用意できた方が勝ちやすくなります。

 

 

最初に気がついたのは2022年6月で…(イラスト/ハセジュン)

最初に気がついたのは2022年6月で…(イラスト/ハセジュン)

 

ハセジュン:私の場合、何が証拠になりますか?

太田垣さん:たとえば、最初にカビに気がついたのはいつなのか。そのとき大家とどんな話をしたのか、正確に記録して残しておく必要があります。

 

最初に大家に報告したとき、口頭だけで済まさず、メールや文書などで改めて伝え、形として残しておくとよかったですね。言った言わないは何の意味もありませんから、文書に残すことはとても大切です。それと、水が降ってきたときや水が壁を伝っているときなどのリアルな動画を撮っておけば、裁判時に有効です。

 

また、健康被害が出ているなら、診断書をもらうこと。アレルゲン検査をして、その原因が黒カビであるとわかれば因果関係を証明できますよね。治療費にかかわる領収書も取っておくべきです。

 

ハセジュン:カビがひどい部分の室内写真は何枚か撮ったのですが、大家に伝えたときは口頭だけで、文書に残していません。それと、汚水やカビがついたバッグや服も、気持ちが悪いので捨ててしまって……。

 

太田垣さん:捨てるにしても写真を撮っておくとよかったですね。服は、捨てる前にクリーニングに出したなら、そのクリーニング代も請求できましたよ。部屋の写真も、寄ったアングルや引いたアングルなど何十枚も撮っておいた方が、証拠能力は上がります。

話し合うべきは保険会社でなく大家

ハセジュン:記録に残していなかったのが悔やまれる~。大家とは一度、カビで汚れたものの賠償や、健康被害について去年の11月頃に話したのですが、「私ではなくマンションの保険会社と交渉してください」と言われたんです。

 

で、保険会社が言うには、「引っ越し代金は出るが、それ以外は一切補償されない」と。特にアルバムなどは、金銭的価値が定められないからって……。だから、その時点で諦めていろいろ捨てちゃったんですよね。

 

太田垣さん:まず、話し合うべき相手は保険会社ではなく大家です。たとえ保険での支払い上、引っ越し代金以外出ない、ということになっていても、裁判で“これは大家が悪い”と判断されれば、保険対象外の支払い請求が認められることもあります。

 

今回の場合、カビの発生を7月に伝えていたのに11月まで改善されておらず、なぜ4か月も放置していたのか、という話になりますよね。

 

民法上では、賃貸物件の賃借人がストレスなく正常に暮らせるように、オーナーが修繕・改善することが義務になっています。となれば、これは明らかに大家に非がある。だとしたら、本来は大家に損害請求できるんです。

 

〈ハセジュンが請求できたのは、引っ越し代、仲介手数料など引っ越しにかかるすべての初期費用、カビで汚染されたバッグ・服などの損害賠償金、治療費などで、場合によっては、アルバムなど大切なものを破壊されたことによる慰謝料も請求できたはずだ〉

 

ハセジュン:それまで、大家とはいい関係を築いていたので、直接言いづらいということもあって……。それでもやっぱり、“訴える気もある”という強気な話し合いをすべきだったんですね。

 

太田垣さん:相手によりますが、力で押さない方がいい場合もあります。たとえば私なら、「7月にちゃんと対応してくれていたら、自分たちは引っ越さなくても済んだし、健康被害にもあわなくて済んだと思うんです。こちらの非ではないのに引っ越しを余儀なくされ、その費用を負担するのは納得できないのですが……。とはいえ、いままでお世話になった大家さんと裁判はしたくない、とは思っているんです……」という言い方をしますね。

 

〈大家に直接言いにくい場合、管理会社と話し合うのも手だという。管理会社が入っているかは、契約書に記載があるので確認してみよう〉

 

 

普段開けないクローゼットを開けたら、黒カビだらけ。バッグや衣類もカビに浸食されていた。扉を開けた途端、咳とくしゃみが止まらなかったという

普段開けないクローゼットを開けたら、黒カビだらけ。バッグや衣類もカビに浸食されていた。扉を開けた途端、咳とくしゃみが止まらなかったという

 

損害賠償金だけでなく慰謝料も

太田垣さん:この物件は築何年ですか?

ハセジュン:40年くらいだと思います。

 

太田垣さん:築年数が古い物件の場合、こういった配管などのトラブルが起きることが、ある程度想定できますよね。借りる人は最初からそういった可能性を想定しておいた方が予防になると思います。入居前に壁の傷などの写真を撮っておいて、退去時の修繕費トラブルに備えるとか。

 

ハセジュン:借りる側の私たちも、住む物件についてあらかじめ調べ、備えておかないといけなかったんですね。反省~。いまからじゃたいした証拠もないし、引っ越したらもう交渉できないんでしょうか。

 

太田垣さん:引っ越した後でも交渉はできますよ。いまやるべきことは、契約書の見直しと、診断書を出してもらってカビによる健康被害を証明すること、そして、黒カビが残った部分の写真をたくさん撮ることですね。集めた証拠で諦めずに交渉することも大切です。

 

ハセジュン:さきほど、損害賠償金だけでなく、慰謝料も要求できるという話が出ましたが、いくらくらい請求できますか?

 

太田垣さん:慰謝料の適正額を素人が判断するのは難しいんです。相手によっては、「1万円程度渡せばいいか」と、軽く考えるかもしれません。被害者側の認識とずれていることが多いので、相手を納得させられる金額を具体的に示すことが大事です。

 

たとえば、黒カビによる病気で仕事ができなかったら、休んだ分の賃金を計算する。通常、日給1万円稼ぐ私が10日間休まざるを得なかったので、10万円払ってください、という具合です。アルバムだったら、アルバムの台紙代、プリント代などから計算してもいいでしょう。

 

ハセジュン:話し合いとは、戦いではなく、大家や管理会社を納得させるためのプレゼンテーションということですね。

 

太田垣さん:そうです。ただ、人によっては、交渉自体がストレスになるケースもあります。こんな物件を選んだ自分が悪い、もう嫌なことにはかかわらず前を向きたいという人もいます。ですから、賃貸トラブルが起きたら、謝ってもらいたいのか、損害賠償金がほしいのか、裁判を辞さずに戦い抜くのか、自分がどうしたいかをはっきりさせておくことが大切です。

 

ハセジュン:黒カビだらけの家になったときは、なんでうちだけ……と、悔しかったし悲しかったけど、誰にでも起こりうるんですよね。知識があれば回避できることもある。トラブルを解決する鍵は、借りる側が持っているのかもしれません。私もさっそく、いまできる証拠集めから始めてみます。

 

【プロフィール】
OAG司法書士法人代表・太田垣章子さん/30才で離婚後、仕事と育児をしつつ司法書士試験に合格。2600件以上の賃貸トラブルを解決に導く。『賃貸トラブルを防ぐ・解決する安心ガイド』(日本実業出版社)など著書多数。

 

※女性セブン2023年3月16日号