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なぜ小室眞子さんは圭さんに必死だったのか 秋篠宮さまのよそよそしさから読み解く

結婚の会見で文書を読む小室眞子さん


「夫の方については」「面会していた時間が20分位」「何か印象に残ることというのは特にありません」――。

 

 秋篠宮さまの56歳の誕生日会見で国民が感じたのは、長女眞子さんの夫、小室圭さんへのよそよそしさだった。 

 もともと秋篠宮さまは、記者会見において家族を名前で呼ぶことはほとんどない。眞子さんや佳子さま、悠仁さまについても「長女」「次女」、「長男」といった呼び方をしていた。

 

 一方、小室圭さんについては、婚約が発表された2017年や翌18年の誕生日会見では、<小室さんの印象ですけれども>、<小室さんに関わること、これが毎週のように週刊誌等で報道されていることはー>と自然な流れで名前を出していた。

 

それが、令和の世に移った翌19年は、<小室家とは連絡は私は取っておりません>と、どこか他人行儀な表現を選び、翌20年の会見では、「小室」という名前すら出さなかった。

 

 そして今年。圭さんは、長女の夫という「家族」になったとはいえ、圭さんを「夫の方」と呼び、圭さんが結婚前にあいさつに訪ねてきたひとときを、「面会していた時間は20分位」と話し、距離感を感じさせる表現だった。

 

 圭さんが秋篠宮邸を訪問した10月18日、秋篠宮夫妻は、千鳥ヶ淵戦没者墓苑秋季慰霊祭への臨席という公務があった。とはいえ、数日後に結婚する娘の結婚相手と食事をともにすることもなく終了したという現実は何を物語るのか。

 

 秋篠宮さまは先の会見で、結婚に伴う儀式を行わなわないと判断を下したのは「私の独断」だと明かした。さらに、皇室の行事が「非常に軽い」印象を与えてしまったと、苦汁をにじませた。

 儀式を行わなかった理由は、小室さんが金銭トラブルについて春に公表した28枚の文書にあった。

<この春に娘の夫がかなり長い文書を出したわけですね。

(略)あれを読んでどれぐらいの人が理解できるか><これはもう私の独断です、私の個人の考えとして、あれを読んでみんながすぐに状況を整理して納得できるというものではないと私は判断しました>

 

 さらに、10月26日の結婚会見についても、自身が思う形とは異なっていたと胸中を吐露した。

 

 

秋篠宮さまが複雑な心境を吐露した56歳の誕生日の際の会見(代表撮影)

<双方向での会見という形にしてほしかった><私としては自分の口からそのことについて話をして、そして質問にも答える,そういう機会があった方が良かった>

 

 秋篠宮さまが口にしたように、金銭トラブルについての説明も本来は、小室さんが自分の口から説明すべきものだろう。小室圭さんが内親王の結婚相手として祝福できる存在足り得なかったことも、会見の言葉から伝わってくる。

こうした父親の気持ちをよそに、眞子さんは、圭さんに留学を進言しただけでなく、金銭トラブルについても一貫してかばい続けた。

 

 なぜ、内親王がここまで必死になったのだろうか。

 眞子さんとよく世間で比べられる黒田清子さんの場合も実は、結婚相手へ相当の配慮があったという。 

結婚して民間人になった黒田清子さん

 清子さんは、当時の天皇ご夫妻の長女。内親王のなかでも、身位の高い皇女という立場だ。清子さんもまた、結婚相手である黒田慶樹さんに関する細かな情報を公表することについて、積極的ではなかった。

 

 上皇后美智子さまや皇后雅子さまが結婚した時代は、結婚相手の家系図が報道されるのは、当たり前という感覚であった。両親はもちろん親族の職業や出身地なども詳細に、国民の知ることとなった。

 

「しかし清子さんからは、黒田慶樹さんと結婚するにあたり、相手がどういう人であるといった細かなことまで、自分たちから情報を提供することは、好ましくない、という考えであった」(当時の事情を知る人物)

 

 清子さんが相手の情報をつまびらかにすることに難色を示した背景には、「皇族という立場の自分と結婚してくれる相手なのだから、迷惑をかけたくない」という考えがあったのだという。

 

 多くの女性皇族にとって、結婚は皇室の外に出る平和的な手段でもある。ある皇族女性は、「皇室から出るためには結婚しかない」と吐露したという。佳子さまも、早く皇室を出て民間で暮らしたいとの考えを持っているとの話も聞こえてくる。

 皇室に仕えてきた人物は、こう分析する。

 

 

羽田空港に現れた小室夫妻(撮影/写真部・松永卓也)

「皇族と結婚する相手は、マスコミに追いかけられ、プライバシーもない生活に巻き込まれる。

そうしたリスクを受け入れても自分と結婚してくれる相手は、できる限り守りたいという心情をお持ちになるのは、自然なことです。

 

秋篠宮さまの会見からは、小室圭さんに対する複雑な心境が明確に伝わりました。一方で、眞子さんは、世間には不自然に思えるほど相手をかばい続けました。

 

逆にいえば、皇族が『私のような立場にある女性と結婚してくれる相手』という心情にならざるを得ないほど、追い込まれている現実がある、ということでしょう」

 

 秋篠宮さまも、眞子さんの結婚が「皇室に影響を与えた」と懸念を口にしていた。眞子さんの結婚騒動は、皇室と国民の距離の変化を世間に知らしめた。

 

 若い世代の皇族は、令和という時代のなかで「皇室にあるべき姿」を模索しなければならないのだろう。

(AERAdot.編集部 永井貴子)

 

 

秋篠宮さまが誕生日会見で滲ませた怒り 許せなかった小室圭さんの嘘

小室氏の嘘に秋篠宮さまは一言申されたかったのか

秋篠宮さまは小室さんの嘘が許せなかったようだ

 

《これからも、今までの気持を大切にして、二人で自分たちなりの形で、幸せな家庭を築いていってくれることを願っております》。

これは、秋篠宮さまが眞子さん(30才)と小室圭さん(30才)の結婚に際して送ったエールの言葉だ。

 

それから約1か月、祝福の言葉が幻だったと思えるほどの変わり様だ。

 

11月30日に56才の誕生日を迎えられた秋篠宮さまは、3年2か月ぶりに顔を合わせた小室圭さんの印象を問われ、

「面会していた時間が20分ぐらいでしたので、何か印象に残ることというのは、特に私にはありませんでした」

 と、感想を述べられた。

 

そして「娘の夫」「夫の方」と呼んで、一度も小室さんの名前を口にしなかった。

 

 秋篠宮さまは結婚の条件の1つとして「経済基盤の安定」を求められてきた。

小室さんの収入については、婚約内定当時から不安視する声が多かった。

 

「小室さんは留学前、弁護士事務所で事務職員として働いていました。

当時の年収は300万円ほどで、皇籍離脱に伴う一時金が支払われたとしても、眞子さんが元皇族としてふさわしい品位ある生活を送るのは難しいと不安視されていました」(皇室記者)

 

 2017年12月、金銭トラブルが発覚。

 

その後、眞子さんは、小室さんにニューヨーク留学を前倒しさせ、海外での「拠点作り」をお願いしたという。

そこで持ち上がったのが、ニューヨーク州の弁護士資格の取得だった。

2000万円以上の年収が期待できるとなれば、経済基盤が安定することは間違いなかった。

今年7月に司法試験を終えた小室さんは自信満々に振る舞っていたという。

 

宮内庁幹部に対し、“自己採点では合格の手応えがある”と伝えていたようです。

だから宮内庁側はハードルの1つはクリアできたと判断し、眞子さんとの結婚準備を急ピッチで進めた。

小室さんは、秋篠宮ご夫妻にも同様の説明をしたでしょうし、ご夫妻も心から安堵されたはずです」(前出・皇室記者)

 

 ただ、学生の頃にテストを受けた誰しも経験があることだが、合格が危うい状況にあることは、試験を受けた本人にはよくわかっているものだ。

 

「小室さんと一心同体であり、鋭い感覚を持つ眞子さんが危うさを感じなかったはずがありません。

どうしても皇室を出たかった彼女は焦ったでしょう。

もし不合格で、それが世間に知られることになれば、結婚の白紙は明らかでした。

 

 試験結果が発表される10月29日よりも前に、何としても結婚し、逃げ切る必要があったのです。

直前に紀子さまの父・川嶋辰彦さん(享年81)が緊急入院し、危篤の状態が続いていても26日に結婚を強行したのは、“あと数日でも遅れれば皇室を出られなくなる”という危機感があったからでしょう」(前出・皇室記者)

 

 

 

秋篠宮さま、結婚会見にも不満「娘の夫」との間にある溝

長女が皇籍を脱された秋篠宮さまの思いは(2019年10月、東京・渋谷区。撮影/雑誌協会代表取材)

会見で眞子さんについて語った秋篠宮さま(2019年10月、東京・渋谷区。撮影/雑誌協会代表取材)

 

 秋篠宮さまが11月30日、56才の誕生日を迎えられた。それに先立ち開かれた記者会見は、長女・眞子さん(30才)と小室圭さん(30才)の結婚後初の会見となっただけに、どのようなお言葉が述べられるかが注目された。

晴れの日から1か月あまり──秋篠宮さまが“娘の夫”に放った言葉の数々は辛辣だった。

 

「面会していた時間が20分ぐらいでしたので、何か印象に残ることというのは、特に私にはありませんでした」

 これは、小室さんと3年2か月ぶりに顔を合わせた際の印象を問われた秋篠宮さまのご感想である。

 

秋篠宮さまは、小室さんに強い不信感を抱きつつも、静観の姿勢を貫かれてきた。

物議は醸しましたが、すでにふたりは結婚したわけで、“いまさら何も言うまい”というスタンスだろうとみられていました。

それだけに、会見で小室さんを突き放すような発言をされたことは衝撃的でした」(宮内庁関係者)

 

 つい1か月前、秋篠宮さまが《これからも、今までの気持を大切にして、二人で自分たちなりの形で、幸せな家庭を築いていってくれることを願っております》とエールを送られていたことを考えると、会見でのお言葉はまるで人が変わられたようだ。

 

 小室夫妻が11月14日にニューヨークへと旅立ってから2週間。

クリスマスムード高まる街を解放感にあふれた笑顔で歩くふたりは、幸せのまっただ中にいる。

 

だが、将来に不安がないわけではない。

小室さんは、7月に行われたニューヨーク州の司法試験に不合格だったため、現在は法律事務所に法務助手として勤務している。

来年2月の試験に合格し弁護士になれなければ、解雇される可能性があるとの報道もある。

 

 激務をこなしながらの試験勉強はそう簡単ではない。

過去の傾向では、ニューヨーク州の司法試験は2回目のチャレンジだと合格率が下がる。

だが、小室さんの様子に焦りは感じられない。

 

『女性セブン』前号(2021年12月9日号)で報じた通り、渡米2日後には同僚とパブで乾杯して盛り上がった。週末にはさっそく眞子さんと「摩天楼デート」を楽しんだ。

 

 時間に追われ、せかせかと道を急ぐニューヨークのビジネスマンの間を、イヤホンを耳に装着し、歌を口ずさみながらゆったりと歩いてオフィスに向かう小室さんの様子からは、余裕すら感じられる。

 

一度も小室さんの名前を口にされなかった

 秋篠宮さまが求められていた結婚の条件の1つが、小室さんの母と元婚約者との金銭トラブルの説明と解決だった。

小室さんは、最後まで“借金ではなく贈与”と繰り返すばかりだったそうです。

 

説明については、28枚の『小室文書』で充分に尽くしたという態度でしたし、結局、結婚後に、どこからか手に入れた約400万円を支払った。

秋篠宮さまも目をつむるほかなかったようです」(皇室ジャーナリスト)

 

 金銭トラブルへの小室さんの対応について、秋篠宮さまは会見で初めて言及した。

「私としては、自分の口からそのことについて話をして、そして質問にも答える、そういう機会があった方がよかったと思っております」

 

 さらに、「ただ文書を読みあげるだけ」で終わった結婚会見にも「私自身は一方向のものではなくて双方向での会見という形にしてほしかったと思います」と苦言を呈された。

 

共通するのは、あまりに一方的という点だ。秋篠宮さまは、国民の納得を得られる説明を求められたにもかかわらず、小室さんは自分の主張に終始したのだ。

 

秋篠宮さまの憤りは、次の点からも伝わってくる。

秋篠宮さまは小室さんを『娘の夫』『夫の方』と呼び、ただの一度も名前を口にされることはありませんでした。

埋めがたい溝が横たわっていることが感じられました」(前出・皇室ジャーナリスト)

 

※女性セブン2021年12月16日号

 

 

 

佳子さまは一時金を「そんなにもらえるんですか!」眞子さんに報告された“結婚と男女交際”への意見 ダンスに打ち込み精神的な乱れを…

佳子さまは一時金を「そんなにもらえるんですか!」眞子さんに報告された“結婚と男女交際”への意見《ダンスに打ち込み“精神的な乱れ”を…》(「文藝春秋」編集部/文藝春秋 2021年12月号)#1

秋篠宮家の長女・眞子さんが小室圭さんと渡米し、ニューヨークで新生活を始めました。「文藝春秋」編集部特別取材班による「秋篠宮家『秘録』この3年間に何が起きていたか」(「文藝春秋」2021年12月号)を一部公開します。(全2回の1回目/後編に続く)

◆ ◆ ◆

幽閉状態にも近い人生

「早くここから抜け出して、外の世界に行きたい」

ある皇室関係者によれば、秋篠宮家の眞子さま、佳子さま姉妹は今から10年ほど前から、そんな想いを強く抱いていたという。

 

どこに行くにも四六時中お付きの職員が付いて回り、自分の意思で自由に外出もできない。赤坂御用地という空間でしか生活することを許されない。その息苦しさは大学や高校で、自由に暮らす友人達と接するにつれてより痛切に感じるようになったという。幽閉状態にも近い人生を生きることは、すでに20歳を迎える頃から二人にとっては耐えがたいことだった。

 

姉妹をよく知る人物が語る。

「お二人は、同い年の子よりも10歳以上は精神年齢が上の印象で、窮屈な環境での暮らしにいつも苛まれていました。『ここから抜け出したい』という切実な想いは、常に二人の心の奥底にあったのです。

ダンスで苦しい立場を忘れられた

その気持ちを覆い隠し、父母をはじめ周囲に悟られないために、佳子さまは、趣味のダンスに打ち込まれていた面もあります。ダンスをすれば体力も使うので、自分の苦しい立場を少しでも忘れられたのでしょう。一方の眞子さまは、妹さんより精神的にお強い方ですから、佳子さまほど何かに打ち込む対象がなくても、不安定になることはありませんでした」

まだ高校生だった佳子さまは多感な時期でもあり、精神的な乱れも多かった。この人物に頻繁に悩みを相談し、同時に様々な質問をしたという。「皇族が置かれている立場をどう考えるか」といったことや「男女はどういう考えに基づいて交際するのか」など、話題は多岐にわたった。

 

そこで話したことは、佳子さまは逐一、姉の眞子さんに報告していた。姉妹は一心同体と言えるほど仲が良く、常に同じ考えを持っていた。ある日、この人物は眞子さんにこう言われたという。

 

「あなたが妹にアドバイスをしてくださっていたことは、妹から聞いて全て知っています。私も同じ考えでいます」

 

「一生ここから抜け出せないのではないか」という恐怖心

当初は佳子さまのほうが悩みは深刻だったが、次第に眞子さんも自分の心の奥底に隠していた悩みを打ち明けるようになったという。皇室の中で自分たちの絶望的な想いを理解してくれる、数少ない味方だと判断したのかもしれない。

 

今から10年前、民主党野田政権下で、本格的な女性宮家創設の議論が開始された。皇族の減少や皇位継承の問題を打開すべく、政府は、女性皇族が結婚後も独立した宮家の当主として皇族であり続けるという案を本格的に検討していた。

 

当然、秋篠宮家のことも念頭に置いた議論であり、その法案が成立することは、姉妹が今後も半永久的に皇室で暮らすことを意味した。この議論が影響してか、佳子さまの精神的な乱れは、一層激しさを増したという。

 

「佳子さまは、一生ここから抜け出せないのではないか、という大きな恐怖心を抱かれているようでした。このまま皇室を出られないならば生きている意味はない、と。極端な言い方をすれば、自分で自分の命を絶つ、そんなことも辞さないほど、当時の佳子さまは深刻な悩みを抱えていらっしゃったのです」(同前)

 

佳子さまは1億3700万円を「そんなにもらえるんですか!」

この人物は様々な話題を話し合うことで、少しでも佳子さまの気持ちを上向かせようとした。その過程で最も説得力を持ち、佳子さまの関心を惹いたのが「結婚」についての話題だったという。

「実は、早い時期からお二人は、結婚して降嫁することでしか、皇室を抜け出せないという考えで一致していました。それがお二人にとっての唯一の希望だったのです。

 

しかしそれは二人だけの秘密でした。成年皇族として、今後も皇室を支えてほしい、と期待を寄せる周囲に『本当は一刻も早く結婚したい』などといった本心は決して悟られてはならない。それは二人だけの『脱出計画』のようなものでした」(同前)

 

ある日、女性皇族が結婚をすると、品位保持のために一時金が支払われ、「内親王であれば1億3700万円が支給される」と話したことがあった。すると佳子さまは、

「そんなにもらえるんですか!」

と目を輝かせたという。

 

それまで両親から聞いたことがなく、高校生にして初めて一時金の存在を知ったのだ。「1億円」という金額があれば、外に出ても心配はないと思われたのかもしれない。すぐさま眞子さんに報告され、姉妹の希望の光になった。

 

秋篠宮家にとっての挫折

「その時のことがあったので、今回、眞子さまが小室さんと結婚するにあたり、一時金を辞退されたのは意外な印象でした。ただ、それほど眞子さまは皇室を出たかったのだと思いました」

 

姉眞子さんの結婚は、長らく二人が抱き続けてきた悲願の実現でもあった。だからこそ佳子さまは2019年、まだ二人の結婚の行方が見通せず、世間では「破談もあり得る」との論調が少なからずあった中、ICU国際基督教大学)を卒業される際に発表した文書で、

〈私は、結婚においては当人の気持ちが重要であると考えています。ですので、姉の一個人としての希望がかなう形になってほしいと思っています〉

と、姉を強く支持するコメントを出されたのだった。

 

そして10月26日の結婚当日、現在の住まいである御仮寓所で、娘を見送る秋篠宮紀子さまの表情は神妙だった。一方の佳子さまも姉との別れに悲しそうな表情を浮かべておられたが、最後は思わず両手を挙げ、笑みを浮かべて姉に近づき抱擁した――姉妹の悲願はついに実現したのだ。「皇室脱出」を誓い合った日から10年近い歳月が流れていた。

今から数年前、ある秋篠宮家関係者は不安げな表情で、

「この問題が、秋篠宮家にとって初めての挫折になるかもしれない」

とまるで予言のように呟いた。

後悔の念が滲む秋篠宮ご夫妻のコメント

「この問題」とは、眞子さんと小室圭さんの結婚のことだ。ちょうど圭さんの母・佳代さんの金銭トラブルが発覚し、世間から二人の結婚に疑問の声が上がり始めた頃のことだった。

3年あまり膠着状態にあった二人の結婚問題は、今年春ころから宮内庁内で具体的な検討が再開され、9月初めに「ご結婚へ」との報道が出て以降、急展開を見せた。

 

眞子さんは、品位保持のために皇族に支給される一時金を辞退、「納采の儀」をはじめとする結婚に伴う儀式はすべて中止となった。異例づくしの事態に国民の理解が追いつく間もなく、眞子さんは皇籍離脱をして小室さんとの結婚を果たした。

 

全てが終わった後に、秋篠宮ご夫妻は、「ご迷惑をおかけした方々に誠に申し訳ない気持ち」「皇室としては類例を見ない結婚」など、およそ慶事には似つかわしくないコメントを発表した。その後悔の念が滲む文面からは、前述の関係者の予言が親子の反目という形で現実になったことがうかがえる。

 

 

小室圭さんが振り込んだ解決金409万円 「夫婦間贈与」を専門家解説

ニューヨークの横断歩道でリラックスしたポーズをとる小室さん

ニューヨークの横断歩道でリラックスしたポーズをとる小室さん

 

4年にもわたりくすぶり続けた金銭問題に、とうとう終止符が打たれた。秋篠宮家の長女・眞子さん(30)と結婚した小室圭さん(30)の母・佳代さんと元婚約者の金銭トラブルに関して、小室さん側から元婚約者に対し解決金409万3000円が振り込まれたことがわかった。

11月18日、男性の代理人が明らかにした。

 

 今年4月に「28枚文書」で「解決金を払わない理由」を長文で綴っていた小室さんだったが、アメリカへ渡る直前、電撃的に解決に動いた。新婚生活のために渡米する2日前の11月12日、元婚約者が圭さんの母・佳代さんに貸したと主張する約400万円を額面通りに支払うことで双方が解決とする書面が取り交わされると、渡米後の11月15日、ついにそれが振り込まれた。

 

 小室さんがこの400万円をどのように工面したのかは明らかになっていないが、結婚した夫婦の一方がもう一方と金銭のやりとりをすることは普通に考えられ、何もおかしいことではない。

 

しかし、日本の税制には贈与税というものがあり、金銭の贈与には一定の税金がかかる。それがたとえ夫婦間であっても、1年あたり110万円を超える財産の贈与には贈与税がかかるのだ。

 円満相続税理士法人代表で税理士の橘慶太氏は、「夫婦間でお金を渡した、振り込んだといった金銭の授受があった場合、それが“あげた”なのか“貸した”なのかが問題になります」と話す。

「“立て替える”という言葉がありますが、金銭の授受があっても、返済の意思があって、分割でもいいので返せば贈与にはなりません。また、生活費等を管理しやすいようにまとめるために夫から妻に振り込んだ、といった場合も問題は生じません」(橘氏

 

 贈与であれば、贈与があった年の翌年の2月1日から3月15日に申告をして納税しなくてはならない。しかし、通常夫婦間で貸借の契約書を交わすことはまれであり、将来的に返済すれば贈与にはならないため、金銭のやりとりだけで問題になるケースはほとんどない。

 

夫婦間の贈与が問題になるのは、不動産を購入した際に支払った割合と名義が異なるケースや、どちらかが亡くなり相続税の申告が必要になるケースがほとんどだという。

 

 橘氏は今回の小室さんの件にも触れ、「制度上、仮に眞子さんの財産から払われていたとしても、分割払いでもいいので小室さんが妻に返済すれば問題ありませんし、個人間の金銭貸借のため利息をつけてもつけなくても構いません。

肝心なのはそれが贈与なのか貸借なのか、お互いの認識です」と話す。

 

 お金に色はついていない。今回の解決金の出所は夫婦にしか分からないのが現実だ。

 

 

小室眞子さんで注目 女性皇族、皇籍離脱後の国籍・戸籍問題

小室圭さんと結婚し、11月14日にアメリカに渡った秋篠宮家長女の眞子さん。

 一般人となった眞子さんは今後、宮中祭祀など皇室の儀式に参加することはない。

 

しかし、私的行事の冠婚葬祭や、皇族や元皇族らの親睦団体である菊栄親睦会には参加できるという。

元皇族の眞子さんは会員で、夫の小室さんと義母の佳代さんは準会員だ。

 

「小室さんも参加できます。

実際に、絢子さんの結婚式の際には、黒田清子さん夫妻がそろって参加していました。

また、菊栄親睦会は原則として夫妻で参加となるので、参加しない方が不自然です」(宮内庁関係者)

 

 眞子さんは元皇族であり、将来の天皇の姉でもある

。眞子さんがもし小室さんとの子供を出産すれば、その子は将来の天皇の甥か姪となる。

 

アメリカは、親の国籍にかかわらず、国内で生まれた子供にアメリカ国籍を与える「生地主義」をとっているので、その子は二重国籍だ。

 

 日本は二重国籍を認めていないため、20才になるまでに、日本かアメリカ、どちらかの国籍を選ぶことになる。

 

 では、元女性皇族が離婚した場合はどうなるのか。

 皇籍に戻ることはできない。

元女性皇族には旧姓が存在しないため、離婚後も元夫の姓を名乗るか、あるいは新たな姓をつくるかの二択となる。

 

 一般人と異なるのは、「実家に出戻りできない」という点だろう。

 一時的に立ち寄ることはできるが、税金を原資として管理されている宮邸に、一般人となった元女性皇族が住むことはできないのだ。

 

 

小室さんに見透かされ皇室へ強い姿勢を取らせた秋篠宮さまの“混乱した心中”《父の言葉が説得力を持たない理由》

眞子さんと小室圭さんの結婚で深まる“皇室不信”…“小室さん騒動”の核心とは《“皇族の誇り”が眞子さんには稀薄》 から続く

 

 秋篠宮家の長女・眞子さんと小室圭さんは、結婚後ついにニューヨークでの生活を始めました。ノンフィクション作家の保阪正康氏による「象徴天皇制の『聖』と『俗』」(「文藝春秋」2021年12月号)を特別に全文公開します。(全2回の2回目/ 前編 から続く)

 

◆ ◆ ◆

皇族が聖なる存在として認識された大きな理由

 天皇家がこの国の歴史に存続しえた理由の一端は、「俗」である我々大衆とは違った存在、つまり天皇が俗世からかけ離れた高みにおられる「聖」なる存在として畏敬の念をもって見られてきたことです。現世の中に別な次元を見ていたのです。

 

 皇族が聖なる存在として認識された大きな理由には、経済生産活動に一切、触れてこなかったことがありました。人は労働し、生産し、賃金を稼いで生きています。

 

経済生産活動の中にいれば、当然、競争もあれば争いごともある。皇族は、そんな俗な世界とは無縁の世界におられるからこそ、尊崇の対象になってきました。

 

 秋篠宮山階鳥類研究所の総裁に就かれ、眞子さま日本テニス協会の名誉総裁に就かれる。このように皇族たちが公務として公益財団法人などの総裁職に就くのは、経済生産活動には触れないための先人の知恵なのだと思います。

 

しかし一方で、小室さんはというと米国留学をして弁護士になろうとしている。弁護士は世俗の係争案件を扱うのが主な職務であり、いわば争いごとの中心に身を置く仕事です。

 

 今上天皇の妹黒田清子さんの夫慶樹さんは東京都の職員、高円宮家の典子さんの夫である千家国麿さんは、出雲大社宮司を務めています。このように女性皇族の結婚相手の職歴を振り返ってみても、弁護士はかなり異質な印象です。

 


10月26日に婚姻届を提出し、記者会見に臨む小室圭さんと眞子さん ©JMPA

 

“儀式はやってもやらなくてもいい”悪しき前例

 

 もう一つ、天皇家が聖なる存在であり続けたのは、儀式や宮中祭祀をたゆまず行ってきたからでした。儀式・祭祀において、天皇天照大御神に拝礼し、国家や国民の安寧を祈ることは、まさに聖なる存在に託された行為でした。

 

しかし、今回の眞子さんの結婚では、納采の儀告期の儀など結婚に伴う一連の儀式が行われないばかりか、朝見の儀のように天皇が執り行う皇籍離脱のための儀式さえも中止することになりました。秋篠宮が「皇室としては類例を見ない結婚」と言った通り、これは戦後初めてのことです。

 

 このことの重大性に皇室関係者が気づいているかどうか。儀式はやってもやらなくてもいい。そんな悪しき前例を作ってしまったわけです。儀式とはそんな軽いものだったのでしょうか。皇室が「聖」たりえるために長いあいだ守ってきた伝統は放擲されてしまいました。

 

小室さん騒動の主役は眞子さん

 

 結婚会見でわかった最も重要なことは、小室さん騒動の主役は眞子さんだったということです。

眞子さんから「古き慣習に囚われたくない」「米国社会で活躍する夫を支えたい」という意思を感じ取り、自分たちと似た想いでいることに共感していた人も多いかもしれません。

 

しかし会見では、金銭トラブルの話し合いは、眞子さんが「お願いした方向」で進められていたと本人が明かしました。小室さんではなくほかならぬ眞子さんが、佳代さんの元婚約者と争うことを主張していたことになります。

 

 今上天皇の姪、上皇の孫がそんなことを考えていたという事実は衝撃的です。「聖」が「俗」に絡めとられた時、人々が心に抱くのは共感ではなくむしろ失望なのですが、そのことに眞子さんは気づいているでしょうか。

 

危機を食い止められない「ことなかれ主義」の宮内庁

 

 小室さん騒動に端を発した天皇制の危機は食い止めることができるのか。そう聞かれると私はいささか暗澹たる気持ちになってしまいます。

 

 まず、堤に開いた穴を塞ぐのに身を挺して働かなくてはならないのは、政府や宮内庁など側近の役目です。しかし小室さん騒動の中で、彼らがこの穴を塞ごうと積極的に動いた形跡は見られません。

 

 そもそもお二人の交際も、情報を掴んだ週刊誌記者から取材を受けるまで、宮内庁幹部は把握していなかったばかりでなく、その後も秋篠宮の意向を受けてのことなのか、小室さんのことは何も知らないまま婚約内定まで進めてしまいました。

 

佳代さんの金銭トラブルが報じられても、話し合いは秋篠宮ご夫妻と小室さん母子に任せきりで、解決に向けて奔走することはなかった。ただ、マスコミの金銭トラブル追及に期待し、二人の気持ちが変わることを願っていただけのように見えます。

 

 結婚を正式に発表した宮内庁長官皇嗣職大夫の会見(10月1日)を見ていて感じたのは、いかにも官僚的な「ことなかれ主義」の姿勢でした。

 

国民的な慶事を演出すべき立場でありながら、眞子さんの病名を明かし、さらに国民やメディアからの批判を「誹謗中傷」と敵対的な言葉で表現してしまう。

 

発言の背後に眞子さんの強い意向があったことはうかがえましたが、そのまま会見で発言してしまったのでは、皇族をお守りすべき側近として役割を果たしているとはいえず、「うつけ者」と呼びたい気持ちに駆られます。

 

 彼らが考えるべきは、こういった発表をした場合、眞子さんが今後、将来にわたって国民にどう見られるか、ということです。病名や「誹謗中傷」といったきつい言葉を世間に投げかけた時どんな反発を受けるのか、容易に想像がつくことです。

 

そこは長官なり皇嗣職大夫なり、経験を積んだ大人が、「それはやめましょう」とか「こうした方が良いです」と進言すべきでした。実際に会見後、世間は納得するどころか、ネット上には批判的な書き込みが溢れ、メディアには眞子さんの病状を疑問視する記事も出る有様です。

 

 本来であれば、たとえ皇族が嫌がろうとも、身を挺してお諫めする。それが聖なる皇族をお護りする「臣」の役割です。ところが4年間にわたった小室さん騒動において、側近たちが諫言した形跡はなく、おそらく眞子さんの強い意思を前にどうすることもできず、振り回されるばかり。それではいまの皇室には臣がいないことになります。

 

 戦前の侍従には「死んでもこの人に仕える」との気概を持った人が数多くいました。

 

 私は拙著『秩父宮——昭和天皇弟宮の生涯』の取材にあたって、秩父宮家に40年近く仕えた侍従の方に話を聞いたことがあります。

その方は、秩父宮家のことは、もちろんすべてを知っているし、「殿下を護るためなら命を棄てる」と断言していました。

 

何も彼は得意げに、そう言ったのではありません。「私は秩父宮家でしか生きられないから」との意識から、ごく自然にそう話したのです。そのような陰ながらの尽力があればこそ皇室の聖性は保たれていました。

 

内親王としての自覚が感じられない眞子さんの行動

 

 小室さん騒動で見えてきたのは、側近の問題だけではありませんでした。皇室という巨大な堤に開いた穴を広げてしまうのは、もしかしたら皇族ご自身かもしれないという将来への懸念でした。

少なくとも眞子さんが自由を求め、皇室の外に出たいと願ったのは報じられているとおりでしょう。

 

美智子さま雅子さまも、皇室という特殊な環境の中で苦しまれたことはよく知られています。しかし、眞子さんほど積極的に外に出たいと願い、自由を求めた皇族の登場は初めてでした。

 

 秋篠宮は終始この結婚には反対でしたから、眞子さんを説得し、その気持ちが変わることを願いましたが、父として、また皇嗣としての権威は娘には通用しませんでした。小室さん騒動が衝撃的なのは、このように皇室の権威までも揺るがしたからなのです。

 

 眞子さんの一連の行動を見ていると、天皇家嫡系である内親王としての自覚が感じられません。皇室にありながら自主性を重んじ、自由を謳歌する——公だけでなく私の部分も尊重する秋篠宮家の教育方針が影響したのかもしれません。

 

秋篠宮の教育があったからこそ、眞子さんは「皇室を飛び出したい」「自由になりたい」という自分の意思を疑わず、将来を心配する周囲の声を無視することもできたのです。

 

皇族らしからぬ秋篠宮アンビバレントな姿勢

 

 秋篠宮の自由を尊重する姿勢は、弟宮としての宿命が影響しているかもしれません。兄浩宮は将来の天皇として周囲から盛り立てられますが、自分は「兄の控え役」としか見られない。

 

これは秩父宮でもあったことですが、幼い頃から兄との決定的な違いを突き付けられ、複雑な心境になることも多かったはずです。公と私の間で揺れ動きながら皇族らしからぬアンビバレントな態度を取る秋篠宮の姿勢には、そういった成長の過程が影響していると思われます。

 

小室さんにも見透かされてしまったのではないか

 昨年11月の誕生日会見では、「憲法に基づいて結婚を認める」「本人の意思を尊重する」と容認しながら、一方で「納采の儀はできない」と突き放しました。本心はどちらなのか、国民には理解できませんでした。

 

皇族の結婚は「法的な問題」「道徳的な問題」「歴史的な問題」をよく整理した上で論じないといけません。ところが、その肝心なところが秋篠宮自身の心中でも混乱しているようにみえました。

 

 もしかすると秋篠宮のこうしたアンビバレントな姿勢は、小室さんにも見透かされ、皇室への強い姿勢を取らせてしまったのではないか。私はそう推測しています。

つまり、秋篠宮が小室さんを説き伏せようとしても、個人の自由を認める姿勢をみせるかぎり、その言葉は説得力を持ちえないからです。

 

皇族と一般国民はちがうという前提に立たない限り、話し合いは対等なものになってしまいます。

小室さんが秋篠宮の意向に気兼ねすることなくアメリカに留学し、秋篠宮家と小室家の対話の機会がなくなったことには、そういった事情もあったのではないかと推測するのです。

 

天皇家の危機は日本人の危機

 

 歴史を振り返れば、後醍醐天皇建武新政に失敗した鎌倉〜南北朝時代をはじめ、天皇制が危機を迎えたことはありました。

それでも、何とか2000年余も続いてきたのは稀有なことであり、第一次大戦後、ヨーロッパの君主制が次々と崩壊を迎えたこととは対照的です。

 

 それほど天皇家は、日本人と離れがたく結びついてきたわけです。

天皇家の危機は日本人の危機でもある。

今回の小室さん騒動は、国民の失望であり、悲しみでもあるからこそ、これだけの騒ぎになったのです。

 

 宮内庁長官はじめ宮内庁の官僚たちは、今回の結婚で皇室から「危機」を切り離すことができたと考えているかもしれません。

あるいは、秋篠宮もこれ以上長引かせるのは皇室のためにならないと考え、儀式をしないという形でけじめをつけたのかもしれません。

 

皇族方に味方がいないと思わせてはいけない

 

 しかし、ニューヨークに住んでいても二人の動向は折に触れ日本に伝えられる。眞子さんに続こうとする女性皇族が現れそうな予感もある。皇室の危機は今も内在し続けているのです。

 

 今後、危機に瀕した天皇制をどう立て直すべきか。これまでの「開かれた皇室」を閉じるわけにはいきません。もし俗化し、より大衆化の流れにむかうならば皇室の意味も変わってくる。やはり側近たちが心を入れ換えて皇族方をお守りする。

 

そして時にはお諫めする。この国のために厳しいお立場に立ち、お役目を果たしていただくのですから、皇族方に味方がいないと思わせてはいけません。皇族を孤独にしてはいけないのです。

 

 令和の「皇室重大事件」は多くの教訓を与えていると受け止めるべきです。

 

(保阪 正康/文藝春秋 2021年12月号)